記事・レポート
「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」
更新日 : 2009年03月03日
(火)
第10章 「がん」を殺そうとすればするほど、「がん」は進化する
北野宏明: もう1つお話ししたいのは、がんについて。血液がんではなく固形がんの場合、手術して取りますね。取った細胞をスライスして(切って)、どういう遺伝子異常が、どういうふうに分布しているかを調べたスウェーデンのグループの研究結果があります。それを見ると、スライスの最初の方に1種類ある、数枚目にはまた違う種類がある、さらに奥のほうに3つ目、4つ目……結局5つぐらいある。要するに、がんは多様性を持っているのです。
がんは患者さんごとにももちろん違うし、病気のステージ毎にも違うけれど、がんの腫瘍の塊を取ってみると、その中にいろいろな遺伝子の変異を持っているがんが混ざっている場合がある。
抗がん剤を使って、がんが小さくなったとしましょう。その場合、何が起こっているかというと、例えば先ほどのがん細胞のスライスの最初の方にあった種類のものが反応すると、それが消えます。でもその奥にある別の種類のものが抵抗性を持っていると、それは生き残るわけです。だから、がんが小さくなったとしても、生き残っているものがあると、またそれが大きくなってくるわけです。これの繰り返しなんです。
これが非常にやっかいなんです。5種類あったときは細胞の中で栄養分を取り合っているのですが、例えば3つなくなると、あとの2つが栄養分を全部取れるわけです。だから、だんだん話が面倒くさくなってきます。
これは殺虫剤と害虫のメカニズムと数学的には同じです。殺虫剤をたくさん使うと害虫は減るけれど、それに対して対応できる害虫がいると、それが今度増えて、殺虫剤をもっと強くしないとだめになる。それと同じです。
がんはどんどん強くなりますが、がん細胞を殺すことは可能です。問題は、そのとき患者さんが死なないかどうかです。患者さんが死なないレベルやQOLの限界があります。QOLというか生活水準を保てる限界の中で薬を使用して、がん細胞をどれだけコントロールできるかが問題です。がん細胞を「殺す」という方向ばかりにいってしまうと、どんどん進化を加速させてしまう。だからといって放っておくわけにもいかない。だから、それをどうするかというアイディアがないとなかなか進まないのです。
薬の話は『したたかな生命』の中でも書きましたが、全部のがんが、そういう話でもないんです。ノバルティスというスイスの製薬会社が出した「グリベック」という薬は、慢性骨髄性白血病の初期の段階では特効薬的に効く薬です。なぜかというと、このがんはロバストではないんです。
急性骨髄性白血病は特定の遺伝子の変異で起きるがんです。chromosome9とchromosome22が転移して、フィラデルフィア染色体という特別な異常染色体をつくります。そうすると、そこにBCR-ABというタンパク質ができます。このタンパク質が細胞の増殖を維持させる異常タンパクなのですが、これはがん細胞にしかないんです。初期の段階でがん細胞が増えるためには、このタンパク質がどうしても必要なのですが、この薬は、このタンパク質の活性を止めるのです。がん細胞が増殖するにはほかの道はないので、そこを止められてしまとがん細胞はどんどん死んでしまいます。だから、この薬は初期の段階では極めて有効なのです。
ところが、世の中そんなに簡単じゃないんです。抵抗性を用いる変異がたくさんあって、30個ぐらいは、また違うタイプの突然変異が出てきて、それに対してはこの薬は残念ながらほとんど効きません。
だから、がんも多様性を持つように進化しているんです。基本的に今のがん治療というのは、がんの多様性と、どういう抗がん剤を選択するか、患者さんのクオリティを維持しながらどう使うかという戦いで、もっともっと新しいアイディアが必要です。
そのカギは、がんがロバストだから、少なくともロバストネスを増やさないという方向の医療が必要だなと僕は思っています。ここら辺を細かくやると結構時間がかかって大変なのでパスします。
(その11に続く、全23回)
がんは患者さんごとにももちろん違うし、病気のステージ毎にも違うけれど、がんの腫瘍の塊を取ってみると、その中にいろいろな遺伝子の変異を持っているがんが混ざっている場合がある。
抗がん剤を使って、がんが小さくなったとしましょう。その場合、何が起こっているかというと、例えば先ほどのがん細胞のスライスの最初の方にあった種類のものが反応すると、それが消えます。でもその奥にある別の種類のものが抵抗性を持っていると、それは生き残るわけです。だから、がんが小さくなったとしても、生き残っているものがあると、またそれが大きくなってくるわけです。これの繰り返しなんです。
これが非常にやっかいなんです。5種類あったときは細胞の中で栄養分を取り合っているのですが、例えば3つなくなると、あとの2つが栄養分を全部取れるわけです。だから、だんだん話が面倒くさくなってきます。
これは殺虫剤と害虫のメカニズムと数学的には同じです。殺虫剤をたくさん使うと害虫は減るけれど、それに対して対応できる害虫がいると、それが今度増えて、殺虫剤をもっと強くしないとだめになる。それと同じです。
がんはどんどん強くなりますが、がん細胞を殺すことは可能です。問題は、そのとき患者さんが死なないかどうかです。患者さんが死なないレベルやQOLの限界があります。QOLというか生活水準を保てる限界の中で薬を使用して、がん細胞をどれだけコントロールできるかが問題です。がん細胞を「殺す」という方向ばかりにいってしまうと、どんどん進化を加速させてしまう。だからといって放っておくわけにもいかない。だから、それをどうするかというアイディアがないとなかなか進まないのです。
薬の話は『したたかな生命』の中でも書きましたが、全部のがんが、そういう話でもないんです。ノバルティスというスイスの製薬会社が出した「グリベック」という薬は、慢性骨髄性白血病の初期の段階では特効薬的に効く薬です。なぜかというと、このがんはロバストではないんです。
急性骨髄性白血病は特定の遺伝子の変異で起きるがんです。chromosome9とchromosome22が転移して、フィラデルフィア染色体という特別な異常染色体をつくります。そうすると、そこにBCR-ABというタンパク質ができます。このタンパク質が細胞の増殖を維持させる異常タンパクなのですが、これはがん細胞にしかないんです。初期の段階でがん細胞が増えるためには、このタンパク質がどうしても必要なのですが、この薬は、このタンパク質の活性を止めるのです。がん細胞が増殖するにはほかの道はないので、そこを止められてしまとがん細胞はどんどん死んでしまいます。だから、この薬は初期の段階では極めて有効なのです。
ところが、世の中そんなに簡単じゃないんです。抵抗性を用いる変異がたくさんあって、30個ぐらいは、また違うタイプの突然変異が出てきて、それに対してはこの薬は残念ながらほとんど効きません。
だから、がんも多様性を持つように進化しているんです。基本的に今のがん治療というのは、がんの多様性と、どういう抗がん剤を選択するか、患者さんのクオリティを維持しながらどう使うかという戦いで、もっともっと新しいアイディアが必要です。
そのカギは、がんがロバストだから、少なくともロバストネスを増やさないという方向の医療が必要だなと僕は思っています。ここら辺を細かくやると結構時間がかかって大変なのでパスします。
(その11に続く、全23回)
※この原稿は、2008年7月3日に開催したRoppongi BIZセミナー「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」を元に作成したものです。
※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。
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したたかな生命
北野 宏明, 竹内 薫オーム社
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