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本から「いま」が見えてくる新刊10選 ~2026年2月~

更新日 : 2026年02月24日 (火)

毎日出版されるたくさんの本を眺めていると、世の中の“いま”が見えてくる。
新刊書籍の中から、今知っておきたいテーマを扱った10冊の本を紹介します。

今月の10選は、『仕事!』や『ゼロから創らない戦略』など。あなたの気になる本は何?

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 仕事! (上・下)
スタッズ・ターケル / 河出書房新社


しばしば「伝説的」「記念碑的」などの形容詞を付けて説明される本がありますが、1974年にアメリカで刊行された『仕事!(Working)』はそんな本のひとつです。日本語版は1985年に刊行され、長らく絶版となっていましたが、発売から約40年の時を経てそれぞれ約700ページの上下巻(!)で復刊されました。

著者のスタッズ・ターケルは、ラジオのパーソナリティ、テレビのニュースキャスターとして活躍し、同時に「オーラルヒストリー(口述の歴史)」を元にした著書でもよく知られた人物。1985年には『よい戦争!(The Good War)』でピューリッツァー賞も受賞しています。
本書はそんなターケルの著作の中でも最もよく知られた作品のひとつで、当時のベストセラーにもなっています。床屋、ガス検針員、バス運転手、製本職人…などなど、それまでほとんど注意を払われなかった職業に就く市井の人々を中心とした133人へのインタビュー集。そこにあるのは、統計や宣伝には表れない人間の本音です。美しい言葉ではなく、時に怒りや苦しさ、そして仕事への誇りも滲ませながら、それぞれの仕事に対する思いを語っています。

機械化やAI化が強調される現在ですが、スマホで手軽にインターネットが閲覧できること、電車やバスで目的地まで移動できること、毎日の食材がスーパーに並んでいること、その過程には国内外の人の手によるたくさんの仕事があるはずです。それはどんな人によって遂行され、そこにどんな声があるのか。不可視化されがちな誰かの仕事に目を向けることは、時代を捉える重要なスコープとなることを教えてくれる一冊です。

 
 

ゲは言語学のゲ 
吉岡 乾 / 講談社 
フィールド言語学とは、対象となる言葉が使われている現場へと赴き、そこで話されている言葉を採集・研究する学問。本書は国立民族博物館の研究員で、パキスタンの北部の山奥で使用されるブルシャスキー語を研究対象とするフィールド言語学者である著者によるエッセイ集です。地名や慣習的な言葉から、その中に折り畳まれた多層的な歴史や文化を読み解いていくのが言語学の面白さのひとつ。慣れ親しんだ言葉の常識が揺さぶられる、刺激的な一冊です。
 

体育会系
日本のスポーツ教育が創った特異な世界
小野 雄太 / 中央公論新社 
多くの人がなにげなく使っている「体育会系」という言葉。それが意味するものをなんとなくイメージできるからこそ、あまり深く考えたことがないのではないでしょうか。

本書は、自分自身も「体育会系」であるという著者が、その成り立ちを紐解き、現在の課題、そして可能性を描きます。そもそも「体育会」とは何か、スポーツはなぜ学校教育に取り入れられたのか、「体育会系」出身者のキャリアはどうなっているのか。ありそうでなかったユニークな研究書。
 

農業とデザイン
食と地域を未来へつなぐブランディングのアイデア
井上 綾乃(神金制作室)、BNN編集部 / ビー・エヌ・エヌ 
農産品のブランディングについてその好事例を中心に紹介する一冊。農業の高齢化、担い手不足、生産性などの問題はよく目にしますが、本書で紹介される農産品は若い世代の取り組みが多く、変化の兆しが感じられ、農業への興味を喚起する役割もありそうです。一方で、ブランド化に頼ることが持続的・長期的な課題解決につながるのか、という疑問も残ります。

カロリーベースの食料自給率38%(2024年度)と低水準が続く日本において、「食と地域」が持つ課題は都市生活者にも大きく関わるものとして、知っておきたいことの一つです。 
 

まちに生きるローカル商店
14事例にみる生き残り方
URローカル商店研究会 / ユウブックス 
「店」とはモノやサービスを提供する場所というのが一般的な定義ですが、まちの風景をつくるものでもあります。タイトルの「ローカル商店」とは本書の造語。チェーン店や大型スーパーではない、まちの人が気軽に通い、集えるような小規模なお店のことを指します。

登場するのは銭湯、寝具屋、豆腐屋など、現在まちから姿を消しつつある業種のお店。本書では彼らがどうやって現在まで生き残ってきたのかに焦点を当てています。小さなお店の経営に限らず、持続的なまちの魅力を考えるヒントが詰まった一冊。
 

あなたのモヤモヤに効く世界文学
恋愛から仕事、親子関係、中年危機まで
堀越 英美/ 筑摩書房 
ただでさえ本を読む時間を取るのが難しい現代、ましてや世界文学、しかも長編の古典作品を手を取るきっかけはほとんどないのではないでしょうか。

本書は、昨今の社会の中でよくある悩み(=モヤモヤ)に対して処方するような形式で世界文学を紹介していく一冊。悩みの一例を挙げると「老親がネット動画の影響で差別発言する」「わけもなく毎日が憂鬱」など。100年以上前の時代の作品と「モヤモヤ」を通じて接点をもつことができるユニークな世界文学の入門書です。
 

ゼロから創らない戦略
イノベーションを駆動する「価値移転」の法則
野本 遼平 /日本経済新聞出版 
イノベーションというと、0(ゼロ)から1(イチ)を創造すること、つまりは今までにない新しい技術や価値をつくることだと思われがちです。しかし本書では、事業の成功においてより重要なのは「価値創造」ではなく「価値移転」であると主張します。そして「価値移転」のレンズを通じて事業的に成功した巨大企業の分析を試みています。

この「価値移転」の考え方は、単に事業の成功法則というだけでなく、資本主義社会の分析フレームとしても有用に思えます。魔法のような“創造性”や“独創性”に解を求めるのではなく、社会をよく知り、よく見ることの重要さにも思い至ります。
 

「ふつう」ってなんだろう
病気と健康のあいだ
美馬 達哉 / 講談社 
自分の心身に不調があった時、それが「〇〇病である」とわかると安心する、という経験を持つ人は少なくないのではないでしょうか。脳科学と医療社会学を専門とする著者による本書は、「“病気”になったら“健康(正常)”な状態に“治療”されることが望ましい」という一般論に対し、そもそも“病気”とはどういうことか、”健康(正常)”とはなにか、と問いかけます。

医療や健康は、個人的な問題でもあり、社会的な問題でもあり、大きな産業でもある複雑なもの。前述のように病名がわかることに限らず、心身のあいまいさを受け入れることも自分を安心させる方法の一つかもしれません。
 

プラットフォームに正義を託せるか
「コンテンツ・モデレーション」の最前線
小向 太郎/ 日本経済新聞出版 
「コンテンツ・モデレーション」とは、ネット上の不適切な動画を選別・削除し、調整すること、と説明されます。そのネガティブな面は「表現の自由の規制」になり得ること、ポジティブな面は犯罪、誹謗中傷、虚偽情報の拡散などが抑制されることにあります。

このことを巡る対応に迫られる国家や企業、そして個人の現在地を描き出す本書。EU、アメリカ、日本での対応方針の違いに焦点を当て比較することで、この問題の複雑さがよく見えてきます。インターネットを通じての情報収集が生活にも仕事にも欠かせなくなった昨今、しっかり向き合いたいテーマです。
 

現代の道具のブツリ
田中 幸、結城 千代子、大塚 文香 / 雷鳥社 
身近な生活の道具の仕組みを物理学的に読み解くシリーズ本の第2弾。前作は「はさみ」「ざる」「フォーク」などが中心だったのに対し、本書はそのような生活道具も取り上げつつ「スマホ」「電子レンジ」などの電子機器も登場しています。

人が使う道具は、身体の延長のようなものが多かった時代から、より拡張的、非身体的なものになっているように感じる昨今。改めて身近な道具の仕組みや歴史に目を向けてみると、複雑な機器さえも、身体的・人間的なものに感じられてきます。
 
 

仕事! (上・下)

スタッズ・ターケル 
河出書房新社

ゲは言語学のゲ

吉岡乾 
講談社

体育会系 日本のスポーツ教育が創った特異な世界 

小野雄太 
中央公論新社

農業とデザイン

井上綾乃(神金制作室) (編), BNN編集部 (編) 
ビー・エヌ・エヌ

まちに生きるローカル商店

URローカル商店研究会 (編著) 
ユウブックス

あなたのモヤモヤに効く世界文学

堀越英美 
筑摩書房

ゼロから創らない戦略

野本遼平 
日本経済新聞出版

「ふつう」ってなんだろう

美馬達哉 
講談社

プラットフォームに正義を託せるか

小向太郎 
日本経済新聞出版

現代の道具のブツリ

田中幸、結城千代子、大塚文香 
雷鳥社