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米大学卒業式の注目スピーチから得られる学び<イベントレポート>

更新日 : 2025年03月25日 (火)

【2章】2024年、いつもと違ったアメリカの卒業シーズンの風景


開催日:2024年8月28日 (水) イベント詳細
スピーカー:渡邊裕子 (Greenmantle シニア・アドバイザー / サイボウズ株式会社 社外取締役 / ジャーナリスト)

2024年、いつもと違ったアメリカの卒業シーズンの風景
渡邊:ここからは2024年に私が記事に書いたスピーチについて、いくつか取り上げたいと思います。ただ、最初にお伝えしなくてはならないのは、2024年のアメリカの卒業式シーズンがいかに普段と違った状況で、いかに異様なものだったかという話です。

<渡邊さん記事>
退学を恐れず抗議する米エリート大学生。日本の報道では伝わらない彼らの「使命感」

ガザ、イスラエルの問題が始まって以来、アメリカの大学の中では、圧倒的にガザを擁護する、それはハマス支持というわけではなく、もちろんイスラエル側の人たちもいますが、ガザの市民たちを擁護する学生たちの運動が盛り上がっていました。それが頂点に達していた4月頃に、コロンビア大学の総長が連邦議会に呼ばれ、学生たちの抗議行動、言動が「反ユダヤ主義」だと認めたことをきっかけに、さらに学生たちの運動に火に油を注ぐことになってしまいました。学生たちが怒った理由は、大学当局の要請で大学の中に警察を入れ、学生の逮捕者が出たことでした。学問の自由、言論の自由に反する上、大学にはフリーダム、自治というものがあり、そこに警察を入れることは相当慎重にやらないといけなかったと思うのですが、やってしまった。そこから、他の大学でも「これはおかしい」と抗議をし始め、キャンパスの中で「エンキャンプメント」といわれているキャンパスの中庭にテントを張って座り込みをしたり、ハンガーストライキをしたりする学生たちがたくさん出てきました。アメリカの卒業式は5月なので、式の1ヶ月前くらいにそういった状況になっていたということです。

その一方で、イスラエル、いわゆるユダヤ系の学生たちからは、こういう状態のキャンパスに行くことに身の危険を感じている、これはアンティセミティズム(antisemitism)つまりユダヤ人差別なんじゃないか、という主張もありました。アメリカの大学とユダヤ系の人々の関係性を詳しく説明していると長くなってしまうのですが、端的に言うとユダヤ系の人は大学の重要な組織に多くいて、ユダヤ系の財団も無数にあり、そういったところからた多額の寄付金をもらっていて、大学の理事の中にも多くのユダヤ系の人たちがいて、、、という状況で、そのプレッシャーは大学にとってすごくあったと思います。結果的には、コロンビア大学の総長は先日辞任しましたし、ハーバード大学総長も辞めざるを得ない状況になりました。

各地の大学が同じような状況で、5月末までに全米で逮捕者が3000人くらい出ていました。日本の報道では、学生たちが暴徒化したと書いてあるものをよく目にしましたが、私はどちらかというと「Peaceful Protest(平和的な抗議活動)」をしている人たちに向かって武力を使った、という捉え方のほうが正しい気がしています。学生たちもそう思った人が多かったからこそ、そこに抗議をしたのだと思うのです。大きな大学でこういうことが同時多発的に起きていました。結局コロンビア大学では全体の卒業式は中止(学科ごとなどは開催)となり、その他の大学も部分的にキャンセルしたりするところがありました。ハーバード大学は卒業式をやりましたが、卒業生たちが抗議の一貫として退場するという行動に出て、結果的に1000人以上が退場したそうです。他の大学も同様の状況でした。バイデン大統領(当時)がスピーチをしたときは、椅子を逆にして、バイデンに背を向けた卒業生がいたというようなこともありました。2024年はこういった状態で卒業式が行われた、ということを、まずは前提として認識していただきたいと思います。
社会的、政治的な含みを持つスピーチの側面
渡邊:そんな中で、国際政治学者で「知の巨人」とも言われるイアン・ブレマーはコロンビア大学国際公共政策大学院(SIPA)でスピーチをしました(渡邊さんは2006年から2017年、ブレマー氏が社長を務めるユーラシア・グループで初代日本営業担当として従事)。

<渡邊さん記事>
イアン・ブレマー、卒業式での問いかけ「なぜ中東ばかり注目するのか?」



イアンは国際政治学者でパレスチナ問題についても発言をしていたので、多少ブーイングがありましたが、そこまで激しいものではなく、最後まで話すことができました。すごくイアンらしい面白いスピーチだったと思います。

「なぜパレスチナ問題がこれほどまでに注目されているか」という問いへのイアンの一つの仮説は、この問題を報道すればするほど、クリックする人たちも増え、テレビを見る人も増える、そういった商業的な利益がこの問題の裏にあるからだというものです。また、善悪二元論に落とし込みやすい、片方が必ず悪くて片方が必ず善い、と思ってしまいがちな問題であることが、人々の関心を強くさせているとも言っています。また、イアン自身が政治学を勉強し、大学院を出たころの自分を振り返って、学生に向けた四つのアドバイスもとてもいいことを言っていると思います。私の記事にも書いてありますし、もし興味があればスピーチの動画もあわせて見てみてください。
 


渡邊
:続いて、ジョー・バイデン大統領(当時)は、在籍する99%が黒人男性というジョージア州のモアハウス・カレッジでスピーチをしました。南北戦争直後の1867年に創立された歴史的黒人大学の一つで、キング牧師など、有名な黒人の人たちのリーダーが卒業している大学です。

<渡邊さん記事>
バイデン氏、黒人大学の卒業式スピーチで「家族との死別」を語った理由

ここでスピーチをすると決まったときから、政治的キャンペーンの一部として捉えられていて、単なる祝辞ではなく、ここで喋ること自体が黒人の有権者に対するバイデンのメッセージ発信の一つの重要な場だったんですね。何を話すかが広く注目されていたので、その日のうちにニュースに流れていました。
 
また当時副大統領であったカマラ・ハリスが、トランプという言葉は一つも出していませんが、明らかにトランプ批判ととれるスピーチをしているので、そちらもご紹介しておきます。卒業式という場ではありますが、完全に政治的な発言の場として使っていて、それは特に変わったことではなく、アメリカでは大学の卒業式で何を話したかということは、政治家にとっては注目を集める場にもなっている、という例です。

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