記事・レポート
「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」
更新日 : 2009年02月13日
(金)
第9章 低体重で生まれた子どもは、大人になると糖尿病になるかもしれない?
北野宏明: がんも生物の進化に重要な意味があったメカニズムの脆弱性を突かれたわけです。がんの場合は、がん自体が非常にロバストなシステムなので、なかなか治らない。
あと面白いのは、「糖尿病はもしかしたら進化だけではないかもしれない」ということが最近分かってきたのです。「Epigenetic Adaptation Risk」ということが言われています。どうも我々が生まれる過程でも、適応というのがある程度起こっているらしいのです。
『The Lancet』というイギリスの医学雑誌に日本の新生児の平均体重の変化が掲載されていたのですが、1980年か2003年まで、新生児体重のアベレージがずっと落ちてきているのです。80年には3.2kgだったのが、2003年には3kgちょっとまで落ちています。これとは別のオランダの面白い研究があって、1944年、45年というのはオランダでは戦争で飢餓状態でした。そのときに生まれた子どもというのは、母親が飢餓状態に近かったので、基本的に低体重なのです。それが成人した後に、非常に高いリスクで糖尿病が発病しているのです。
これも仮説なのですが、子どもが胎児の段階のときに飢餓だと、「どうも外は飢餓らしい」と飢餓状態に適応して、先ほどのメカニズムで「インスリン抵抗性」を持ちやすくなるわけです。それが生まれてから食料状態がよくなってくると、発病リスクが高くなるというのは分かりますよね。進化的だけではなくて、生まれたとき、エピジェネティクスと言いますが、その段階でもやはりそういうロバストネスの調整が行われている可能性があるということです。
日本の新生児の体重減少の話はどう読むかというと、日本はお産を楽にするために母親があまり食べないようにしているので、小さくなっているのです。ということは、これから日本は糖尿病のリスクがすごく高まるかもしれない。
竹内薫: つまり胎児のときに、「外は食べ物がないぞ、大変だぞ」ということで適応してしまうわけですね。
北野宏明: 適応している可能性がある、まだ仮説です。それはまだ証明されていませんが、論理的に考えると非常にあり得る話、理にかなっている話です。今、エピジェネティクスという学問をやっている人の間では、かなり問題視されてきています。
体重が減っているのは先進国では日本だけなんです。基本的に先進国では体重は同じぐらいか、ちょっと増えているぐらい。これだけ激しく数%の比率で、食べる物はたくさんあるのに新生児体重が減っている先進国は日本しかないのです。
竹内薫: それは、妊婦さんに「あまり食べないように」という指導がされているのですか?
北野宏明: そうみたいです。食べると怒られるらしい。あまり食べ過ぎると妊娠中毒みたいなリスクもあるし、お産を軽くしたいというのもあって、その結果、どうもシステマティックになっているみたいですね。今、日本では食料飢餓はないのに新生児の体重が減っているというのは、それ以外に理由が考えられないのです。
警告されているのは90年以降ですから、あと10年、20年して、このときに生まれた子どもが中年になったときの糖尿病リスクはすごく上がるはずだと言われています。今日、この会場には製薬会社の方も何名かいらっしゃるようですが、糖尿病の薬はこれからすごく大きなマーケットになりますね(笑)。
生物は、ものすごく対応できるわけです。僕は去年(2007年)にグリーンランドに行ってきました。イルリサットというところに行ったら、かなり氷河が溶けていて愕然としたのですが、こういうところにも生物はすごくたくさんいるのです。逆にアラビア半島の砂漠にも、たくさん生物がいる。
生物は進化的にはいろいろな環境に、それこそ考えられないような環境にも適応できるのです。ところが、じゃあ、アラビア半島にいる動物をグリーンランドに持っていっても生きられるかといったら、これは無理なんです。どこに対してロバストに進化しているのかということがあるわけで、脆弱性を持ちながら環境に適応している。だから適応していないところにいきなり持っていかれると難しい。
ロバストネスは保存されるのかという計算式も書いたりしているのですが……この話は学会だと盛り上がるのですが、今日、ここだと僕だけ盛り上がって「帰れ!」とか言われそうなので飛ばします(笑)。
(その10に続く、全23回)
あと面白いのは、「糖尿病はもしかしたら進化だけではないかもしれない」ということが最近分かってきたのです。「Epigenetic Adaptation Risk」ということが言われています。どうも我々が生まれる過程でも、適応というのがある程度起こっているらしいのです。
『The Lancet』というイギリスの医学雑誌に日本の新生児の平均体重の変化が掲載されていたのですが、1980年か2003年まで、新生児体重のアベレージがずっと落ちてきているのです。80年には3.2kgだったのが、2003年には3kgちょっとまで落ちています。これとは別のオランダの面白い研究があって、1944年、45年というのはオランダでは戦争で飢餓状態でした。そのときに生まれた子どもというのは、母親が飢餓状態に近かったので、基本的に低体重なのです。それが成人した後に、非常に高いリスクで糖尿病が発病しているのです。
これも仮説なのですが、子どもが胎児の段階のときに飢餓だと、「どうも外は飢餓らしい」と飢餓状態に適応して、先ほどのメカニズムで「インスリン抵抗性」を持ちやすくなるわけです。それが生まれてから食料状態がよくなってくると、発病リスクが高くなるというのは分かりますよね。進化的だけではなくて、生まれたとき、エピジェネティクスと言いますが、その段階でもやはりそういうロバストネスの調整が行われている可能性があるということです。
日本の新生児の体重減少の話はどう読むかというと、日本はお産を楽にするために母親があまり食べないようにしているので、小さくなっているのです。ということは、これから日本は糖尿病のリスクがすごく高まるかもしれない。
竹内薫: つまり胎児のときに、「外は食べ物がないぞ、大変だぞ」ということで適応してしまうわけですね。
北野宏明: 適応している可能性がある、まだ仮説です。それはまだ証明されていませんが、論理的に考えると非常にあり得る話、理にかなっている話です。今、エピジェネティクスという学問をやっている人の間では、かなり問題視されてきています。
体重が減っているのは先進国では日本だけなんです。基本的に先進国では体重は同じぐらいか、ちょっと増えているぐらい。これだけ激しく数%の比率で、食べる物はたくさんあるのに新生児体重が減っている先進国は日本しかないのです。
竹内薫: それは、妊婦さんに「あまり食べないように」という指導がされているのですか?
北野宏明: そうみたいです。食べると怒られるらしい。あまり食べ過ぎると妊娠中毒みたいなリスクもあるし、お産を軽くしたいというのもあって、その結果、どうもシステマティックになっているみたいですね。今、日本では食料飢餓はないのに新生児の体重が減っているというのは、それ以外に理由が考えられないのです。
警告されているのは90年以降ですから、あと10年、20年して、このときに生まれた子どもが中年になったときの糖尿病リスクはすごく上がるはずだと言われています。今日、この会場には製薬会社の方も何名かいらっしゃるようですが、糖尿病の薬はこれからすごく大きなマーケットになりますね(笑)。
生物は、ものすごく対応できるわけです。僕は去年(2007年)にグリーンランドに行ってきました。イルリサットというところに行ったら、かなり氷河が溶けていて愕然としたのですが、こういうところにも生物はすごくたくさんいるのです。逆にアラビア半島の砂漠にも、たくさん生物がいる。
生物は進化的にはいろいろな環境に、それこそ考えられないような環境にも適応できるのです。ところが、じゃあ、アラビア半島にいる動物をグリーンランドに持っていっても生きられるかといったら、これは無理なんです。どこに対してロバストに進化しているのかということがあるわけで、脆弱性を持ちながら環境に適応している。だから適応していないところにいきなり持っていかれると難しい。
ロバストネスは保存されるのかという計算式も書いたりしているのですが……この話は学会だと盛り上がるのですが、今日、ここだと僕だけ盛り上がって「帰れ!」とか言われそうなので飛ばします(笑)。
(その10に続く、全23回)
※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。
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北野 宏明, 竹内 薫オーム社
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