記事・レポート
「したたかな生命~進化・生存のカギを握るロバストネスとは何か~」
更新日 : 2008年11月18日
(火)
第5章 安定して強くなるタイプと、不安定になって強くなるタイプ
北野宏明: 飛行機と全く同じことが、いろいろな生物現象にあるということが分かってきました。具体的に言うとタンパクがどうのこうのとちょっと難しくなるので細かいことは言いませんが、例えばマイコプラズマ。これは多分最も小さい自活生物で、遺伝子が大体400あります。
竹内薫: マイコプラズマって肺炎の原因ですよね。大学のときにマイコプラズマ肺炎にかかりましたよ。3カ月ぐらい入院しました。最初、お医者さんが普通の肺炎の薬を使っていたんですけど全然効かなくて、マイクロプラズマ用のテトラサイクリンに替えたらすぐ治りました。
北野宏明: そうだったんですか。マイコプラズマは環境の変動に弱いんです。大腸菌の場合は遺伝子が4,000ぐらい、マイコプラズマの10倍ぐらいあるんですが、基本的にやっていることはあまり変わらないんです。では、なぜこんなに増えているかというと、10倍に増えている遺伝子は環境適応に関係するんです。つまりロバストネス向上にかかわっています。環境が変わったときに、どう対応できるかという制御ループ、いろいろな機能がひたすら増えているのです。
生物の個々のレベルでの進化は、少なくともロバストネスを増大するためにシステムが複雑になったといえます。
例えばライト兄弟の飛行機は、部品の数は分かりませんが、せいぜい200個とか、その程度だと思います。それに対して今の飛行機は200万個ある。200個と200万個、この1 万倍の違いというのは何か。基本的な機能は飛ぶということですが、飛ぶというだけに200万個の部品は多分使わない。ライト兄弟の飛行機よりも今の飛行機のほうが大きさは大きいですが、大きさだけなら基本的には大きな部品を使えばいいわけですから、部品の数の多さは大きさが原因ではない。
ライト兄弟の飛行機は極めて不安定で、これで太平洋を横断するというのは考えられないわけです。今の飛行機は極めて安定していて、墜落は極めてまれです。今の飛行機が落ちた場合は、大体、人為的なミスが原因です。
この複雑さの原因のほとんどは安定性にかかわるんです。要するに、ロバストにするということが非常に重要になっています。ロバストネスを確保するためにシステムがどんどん複雑になっているというのが1つ大きな原因で、特に生物では、それがものすごく顕著に現れます。
生物を学んだ方から、「ホメオスタシス、恒常性、スタビリティ、安定性というのがあるが、それとロバストネスの関係はどうなのか?」ということを聞かれることがあります。
ホメオスタシスというのは、体温であるとか、血液のpHなどを同じような状態に保っておく能力のことです。ところが生物の中にはロバストであるために、ホメオスタシスを放棄する生物がいます。クマムシという小さな虫がそうです。
これは世界最強の虫で、殺すのは大変なんです。切っても大丈夫ですから。それに、例えば塩をかけるとどうなかというと、フリーズドライ状態になります。水分を蒸発させていくと中身が水飴状になってしまうのです。代謝を測ると、検出限界以下になってしまうのです。死んでしまったかというと、そうではなくて、このまま10年ぐらい放っておいても水をかけると、また動き出すんです。
普通は生きていくために、例えば塩分が多くなったから、それに対し体のいろいろな状態を調整し、代謝を維持して生きていくようにするのですが、クマムシは違う反応もするんです。どうするかというと、「これはヤバイ」と思ったら、そういうのをやめて冬眠みたいなものですが、冬眠はまだ代謝がありますから……フリーズドライ状態になってホメオスタシス、恒常性を放棄するのです。放棄した方が生き長らえるというのを進化的に獲得している、ものすごく面白い生物なんです。
「どれぐらい生きていられるのか?」という話については、実際にちゃんと確認されているのは大体10年ぐらいまで。20年、30年は分かりません。生き続けるかもしれないけれど、ちゃんとした実験としては出ていません。
もう1つ。わざと不安定になるがゆえに強いというパターンがあります。例えばがんやエイズウイルスです。抗がん剤を投与すると、一時はがんの大きさが小さくなりますが、がん細胞はどんどん突然変異して、耐性が出てきます。それでまたどんどん増えて、それに対してまた新しい薬を使うのですが、それに対してもすぐ耐性を持つようになる。つまり、変化することがロバストになることなんですね。
だから、ロバストというのは安定ということではなくて、環境に対して機能を維持できるということだけであって、場合によっては安定することがロバストであるかもしれないし、場合によっては変わっていくことがロバストかもしれないのです。
竹内薫: マイコプラズマって肺炎の原因ですよね。大学のときにマイコプラズマ肺炎にかかりましたよ。3カ月ぐらい入院しました。最初、お医者さんが普通の肺炎の薬を使っていたんですけど全然効かなくて、マイクロプラズマ用のテトラサイクリンに替えたらすぐ治りました。
北野宏明: そうだったんですか。マイコプラズマは環境の変動に弱いんです。大腸菌の場合は遺伝子が4,000ぐらい、マイコプラズマの10倍ぐらいあるんですが、基本的にやっていることはあまり変わらないんです。では、なぜこんなに増えているかというと、10倍に増えている遺伝子は環境適応に関係するんです。つまりロバストネス向上にかかわっています。環境が変わったときに、どう対応できるかという制御ループ、いろいろな機能がひたすら増えているのです。
生物の個々のレベルでの進化は、少なくともロバストネスを増大するためにシステムが複雑になったといえます。
例えばライト兄弟の飛行機は、部品の数は分かりませんが、せいぜい200個とか、その程度だと思います。それに対して今の飛行機は200万個ある。200個と200万個、この1 万倍の違いというのは何か。基本的な機能は飛ぶということですが、飛ぶというだけに200万個の部品は多分使わない。ライト兄弟の飛行機よりも今の飛行機のほうが大きさは大きいですが、大きさだけなら基本的には大きな部品を使えばいいわけですから、部品の数の多さは大きさが原因ではない。
ライト兄弟の飛行機は極めて不安定で、これで太平洋を横断するというのは考えられないわけです。今の飛行機は極めて安定していて、墜落は極めてまれです。今の飛行機が落ちた場合は、大体、人為的なミスが原因です。
この複雑さの原因のほとんどは安定性にかかわるんです。要するに、ロバストにするということが非常に重要になっています。ロバストネスを確保するためにシステムがどんどん複雑になっているというのが1つ大きな原因で、特に生物では、それがものすごく顕著に現れます。
生物を学んだ方から、「ホメオスタシス、恒常性、スタビリティ、安定性というのがあるが、それとロバストネスの関係はどうなのか?」ということを聞かれることがあります。
ホメオスタシスというのは、体温であるとか、血液のpHなどを同じような状態に保っておく能力のことです。ところが生物の中にはロバストであるために、ホメオスタシスを放棄する生物がいます。クマムシという小さな虫がそうです。
これは世界最強の虫で、殺すのは大変なんです。切っても大丈夫ですから。それに、例えば塩をかけるとどうなかというと、フリーズドライ状態になります。水分を蒸発させていくと中身が水飴状になってしまうのです。代謝を測ると、検出限界以下になってしまうのです。死んでしまったかというと、そうではなくて、このまま10年ぐらい放っておいても水をかけると、また動き出すんです。
普通は生きていくために、例えば塩分が多くなったから、それに対し体のいろいろな状態を調整し、代謝を維持して生きていくようにするのですが、クマムシは違う反応もするんです。どうするかというと、「これはヤバイ」と思ったら、そういうのをやめて冬眠みたいなものですが、冬眠はまだ代謝がありますから……フリーズドライ状態になってホメオスタシス、恒常性を放棄するのです。放棄した方が生き長らえるというのを進化的に獲得している、ものすごく面白い生物なんです。
「どれぐらい生きていられるのか?」という話については、実際にちゃんと確認されているのは大体10年ぐらいまで。20年、30年は分かりません。生き続けるかもしれないけれど、ちゃんとした実験としては出ていません。
もう1つ。わざと不安定になるがゆえに強いというパターンがあります。例えばがんやエイズウイルスです。抗がん剤を投与すると、一時はがんの大きさが小さくなりますが、がん細胞はどんどん突然変異して、耐性が出てきます。それでまたどんどん増えて、それに対してまた新しい薬を使うのですが、それに対してもすぐ耐性を持つようになる。つまり、変化することがロバストになることなんですね。
だから、ロバストというのは安定ということではなくて、環境に対して機能を維持できるということだけであって、場合によっては安定することがロバストであるかもしれないし、場合によっては変わっていくことがロバストかもしれないのです。
※本セミナーで取り上げている病気や疾患などの説明および対処方法は、「ロバストネス」の観点からの仮説です。実際の治療効果は一切検証されていません。講師およびアカデミーヒルズは、いかなる治療法も推奨しておりませんし、本セミナーの内容および解釈に基づき生じる不都合や損害に対して、一切責任を負いません。病気や疾患などの治療については、信頼できる医師の診断と指示を必ず仰いでください。
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