記事・レポート

「まちの保育園」が実践する、コミュニティデザイン

地域ぐるみで子どもを育てる

建築・デザインマーケティング・PRキャリア・人
更新日 : 2014年02月04日 (火)

第5章 子どもの力 〜従来通りの図式を問い直す


 
有能で無限の可能性を秘める子どもという存在

松本理寿輝: 「まちの保育園」を運営していくうえで、私たちが大切にしている3つの力があります。子どもの力、対話の力、コミュニティの力です。

開園前、私たちは保育者と一緒に、子どもという存在について対話を重ねました。大人は有能で成熟している。子どもは未熟で無能な存在である。だから、大人が教えて、子どもが学ぶ。大人の視点のみで保育を捉えると、こうした図式になりがちです。私たちはこの図式を根本から見直し、子どもは生まれながらにして有能であり、無限の可能性に満ちた存在である、と定義しました。そこから、具体的な保育の内容を考えていきました。

たとえば、粘土遊びにおいて、200gの油粘土を子どもに配り、「今日はゾウさんをつくってみよう」と対象物を決め、いわゆる“造形活動”をすると、「どれだけ対象に忠実にできたか」という視点が生まれます。もちろん、保育者は子どもの心や気持ちに寄り添いながら、様々な表現を受け止める素養をもってはいます。しかし、子どもはまだ、粘土という存在に出会っていないかもしれない。だから何かをつくるよりも、まず粘土というもの自体に興味がいくかもしれない。あるいは、決まった対象をかたちづくるよりは、心の中に別のインスピレーションがあり、それをかたちにしたいかもしれない。そうした子どもの興味の芽や、学びの深化の機会を、そのまま活かしていきたいと考えました。

子どもたちの興味に寄り添う

松本理寿輝: 粘土の楽しさは、土いじりの原初的なよろこびから来ているように思います。そこで、子どもたちに土いじりの楽しさを味わってもらおうと、ある朝、保育室の中央に20kgほどある陶芸用粘土の大きな塊を置いたのです。子どもたちは不思議そうに眺め、つまんでみたり、匂いをかいでみたり、乗っかってみたり、指で穴を開けてみたり……。次第に、紐状のものをつくり始めたり、塊どうしをくっつけて遊び始めます。粘土と出会い、素材との関係性が十分に育まれたかなというところで、今度は席についてもらい、粘土で何かをつくってみようと話します。そこで「粘土はイヤだ」と言う子がいれば、主張も認めてあげつつ進めます。そうした子どものフォロー体制はまた別に用意します。

散歩で見かけたカメをつくる子どももいれば、夢中になっている恐竜をつくる子ども、大人には何かわからないけれど、子どもには深い意味のある何か。粘土は、子どもによって様々なかたちへと変化し、また、そこにそれぞれの物語が広がります。大人はその過程に寄り添い、子どもたちの気持ちや衝動を受け止めます。表現上の支援を適度に行いながら、子どもが満足のいくまで、造形に集中できる環境や時間を保障します。それを、保育者・保護者・地域の人のコミュニティで共有できるかたちとして記録し、コミュニティで子どもの成長をよろこび合ったり、子どもの力に驚かされたり、学びがより深まるためのヒントを探ったりします。

粘土は1歳児の活動ですが、もう少し大きな幼児クラスでは、最近、にんじゃのプロジェクトが始まりました。にんじゃについて会話していた子どもたちが、「にんじゃってどんな人?」と疑問をもったところがプロジェクトの始まりです。まず、3~5歳の子どもたち7人が、先生たちの会議室を借り、1時間近く、にんじゃとはどのような人なのかといった議論をします。驚くことに、子どもたちは、3歳の子どもであれ、他の子どもの話に最後まできちんと耳を傾け、話の途中に割って入ったりしません。先生が進行をしますが、子どもたちからは様々な意見が出ます。「すぐ逃げてしまう人」「隠れるのが得意な人」「カラフルな服を着ている」「空を飛ぶ人」「天井からぶら下がる人」「大巻・小巻がある」など。

会話を通して、それぞれの子どもたちの中で、にんじゃから想起される空想世界が広がりをもち始めます。それを画用紙に絵として描き、互いに発表します。画用紙にぎっしり描かれた絵には、にんじゃにまつわる壮大な物語がとじ込められています。大人には、ちょっとした模様に見える部分も、子どもにとっては重要な意味がある要素であったりします。細部へのこだわりにハッとさせられます。

次に、にんじゃになり切りたい子どもは、先生から布をもらい、装束をつくったりします。保育者も楽しんで、にんじゃのことを調べ、にんじゃ図鑑を購入しては子どもに紹介したりします。伊賀流・甲賀流の末えいの方を保育園に呼べないかと、その存在を調べもします。にんじゃのプロジェクトは別の活動を間に挟みながらも、現在まで1カ月近く続いています。今後の発展が楽しみです。

このように、子どもの興味・関心に寄り添うことで、子どもたちは新しい学びを自ら創り出し、可能性を広げていきます。私たちは子どもたちの学びをより豊かなものとするために、地域のリソースを見つけ出し、活用しているのです。


該当講座

シリーズ「街・人を変えるソーシャルデザイン」
“地域ぐるみで子どもを育てる”
松本理寿輝 (まちの保育園・こども園 代表 / まちの研究所株式会社 代表取締役 )
古田秘馬 (プロジェクトデザイナー/株式会社umari代表)

松本理寿輝(ナチュラルスマイルジャパン代表取締役)× 古田秘馬(株式会社umari代表)
2011年に小竹向原に開園した「まちの保育園」は、地域の人が利用できるベーカリーやカフェ、ギャラリーが併設され、従来の保育園のイメージとは異なる開放的な雰囲気。世代を超えた対話の中で、地域ぐるみで子どもを育てることを目指しています。今こそ、どのような幼児教育が必要なのか本質的に考え、街・地域の中で人々が対話し、大人も子どもも学びあえる社会のあり方を考えます。


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