記事・レポート

ネットいじめ~ウェブ社会と終わりなき「キャラ戦争」

更新日 : 2009年08月19日 (水)

第7章 コミュニケーションの円滑化のための文字文化の変遷

荻上チキさん

荻上チキ:  さて、本書を書く際に考えていた裏テーマについて、最初にも申し上げた次の3つの疑問について考えるというところから話を進めていこうと思います。

1つ目は、「現代社会は人々にどのようなコミュニケーションを求めるステージなのか」という疑問。
2つ目は、「人はメディアに何を欲望しているのか」。歴史上、テレビとか新聞とかさまざまなメディアが生まれてきたのですけれども、「私たちはメディアをつくるという行動を通して、何をしてきたのか」という疑問。
3つ目として、「人々が合理性や準拠集団を求める行動やその力学は一体何を招くのか」ということについて考えてみたいと思います。

この3つの疑問について答えるために、わかりやすいサンプルかなと思うのが、1つは学校文化、もう1つは出会い系メディア、そして女性コミュニティ。この3つを例に上げてみたいと思います。

最近、「デコメール」というのがありますよね。通称「デコメ」。みなさんは使ったことがありますか? 相手にできるだけ多くの情報を送りたいと思ったとき、フラッシュ動画とか文字を入力できる画像とかで、テカテカ動くような画像を携帯で送れるやつです。これ、大好きな友だちや恋人とかからもらうと、かなり嬉しい(笑)。

デコメや、先ほど紹介したプロフサイトという現象は、基本的には学校文化でこれまでずっと行われてきた、「かわいいコミュニケーション」の延長にあるものです。学生たちが、自分たち=「ウチら」のコミュニケーションを円滑に進めていくための知恵の延長線上に、そういった文化が根づいたという観点から分析すると、非常にわかりやすい。

例えば「デコ文字」というものがあります。そもそも「デコリ」「デコる」とは、要は「デコレーションをする」の略。みなさんも、自分自身はしたことがなくても、ネールアートだと爪にやたら小さな宝石っぽいものでキラキラさせている人とか、ケータイとかニンデンドーDSとかにガラスの小物なんかを貼ってピカピカさせてる人を見たことはあるでしょう。あらゆるものをかわいくデコる現在の若者文化は、もちろん文字にもあてはまる。

デコ文字というのは、具体的に「こういう文字」というのは、実はあまりないんです。コミュニティによって共有されているものはバラバラだったりするし、人によって差異化されていたりもする。そういう時は「○○デコ」、例えば僕の名前は荻上チキなので「チキデコ」みたいなのを勝手につくり上げて、「うちテイストなデコリ方だぉ」って勝手に宣言すれば、それはデコ文字になるわけですね。

「変体少女文字」という、学校で特に女性との間で流行する変わった形の文字の歴史に注目した研究がいくつかあります。例えば1980年代前後には、みなさんの中にも記憶がある人もいるかと思いますが、「まる文字」が流行ったじゃない。消費社会を下支えした世代の女性たち、あるいは初期の少女漫画文化にはまった世代の人たちが、まる文字を使っていたと言われます。

自分たちが書く文字を、「○○文字」という形に近づけて、何となくかわいく見せていこうというコミュニケーションは、その後何年かスパンでトレンドが変わっていきます。

例えば80年代後半から90年代ぐらいに流行った「長体変体文字」「涙文字」といわれるもの。この文字の特徴は、丸を縦長く書くこと、所々釘っぽく不恰好にするところ、そしてどことなくダウナーなテンション(笑)。この丸を涙っぽく書いたりするという形で、「極力縦長にすると、字がきれいに見えんじゃない?」みたいな発想があるのかどうかはともかく、何かこういう書き文字が当時流行ったのです。81年生まれの僕も、小学校の頃はギリギリまる文字で、中高にあがるとこういう「涙文字」系の文字が流行していたのを覚えています。この頃、複数の女子から大量の手紙をもらったんですが、高校の頃に付き合っていた恋人に全部捨てられてしまいました。保存しておけば少女変体文字研究のサンプルとして貴重だったのですが……。

それから、いわゆる「ギャル文字」という形。やたらギャルが「チキ2(チキチキの意)」とか使ったり、携帯に使われる絵文字を実際書く文字に反映させて、意識的に使うという形で流行ってきて、ちょうど90年代後半から2000年代の多分前半から中盤ぐらいまで定着していた。ケータイメールやポケベルの文字などと、相互に影響を与え合っていたような文字です。そして今は、特定の仕方だけでなく、「デコ文字」という形で様々なバリエーションの文字スタイルを獲得している。

このように、メディアが変わったとしても、メールや手紙を通じてお互いの「かわいい」をアピールしながら「ウチら」として仲良く円滑にコミュニケーションを進めていくという仕方、こういったものが出てくる背景について少し考えてみましょう。