記事・レポート

生命観を問い直す

更新日 : 2009年08月04日 (火)

第13章 ダーウィニズムでは説明できない目の進化

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授

会場からの質問:「動的平衡」と生物の進化には何らかの関係があるのでしょうか。

福岡伸一: 生命情報を伝えているのはDNAです。DNAはミラーサーバーのようになっていて、あるサーバーとミラー関係にあるもう1つのサーバーとセットで常に情報が更新されています。増えるときは、サーバーとミラーサーバーが分かれ、それぞれに新たなミラーサーバーができることで情報が複製されます。その情報複製システムは、非常に厳密なプルーフリーディングの仕組みがあり、書き換えやミスをスキャンして直すようになっています。

基本的にDNA上に起こっている「動的平衡」は、厳密なコピーを再生産することに尽きるのですが、非常に稀な確率で、文字の書き換えやミスが起こる場合があります。それはミスですから、ほとんどは環境に対し不利に働き、その個体は次世代を残せず、淘汰されます。

ところが、ある環境に対してより優れた変化をもたらす場合がほんのわずかだけある。そういう変化はより子孫を残す可能性があるので、それが選抜されて次の世代へと拡大していく——これがダーウィニズムです。基本は「ランダムに起こる遺伝子上の書き換えミスと、そのミスを選択する自然の環境のあり方、その相互作用によって、生物は徐々に変化した」という考え方です。

しかし、ダーウィニズムには欠陥があります。例えば、眼のような非常に複合的な仕組みの進化は十分説明できないのです。眼の機能は、レンズや網膜、神経回路、脳の中に画像を処理する仕組みなど、多くのサブシステムが連携して成り立っています。ダーウィンやドーキンスは、それぞれのサブシステムは、何億年もの時間があればちょっとずつ変化を繰り返しながら改良され、複雑な仕組みを完成し得ると言いました。

ちょうど盲目の時計職人でも非常に長い時間があれば、ランダムに部品をいじっているうちに時計を完成させるチャンスがあるという意味で、「ブラインド・ウオッチメーカーのモデル」と言われています。「ああ、なるほど」と思うかもしれませんが、決してそうはならないのです。

サブシステムがちょっとずつ変化し、改良されて眼がつくられたといいますが、すべてのサブシステムが全部完成しないと、眼は“見る”ことはできません。眼が見えるまでの、その途中段階にあるサブシステムというのは機能を持たないわけです。

機能を持たない仕組みは自然淘汰の対象にはなり得ません。しかし、非常に複雑な仕組みが、サブシステムそれぞれの改良によって統合されていく。あたかも進化にある種の方向性があるように見える。これは一体何かということは、今のところダーウィニズムでは説明できていないのです。


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