記事・レポート

生命観を問い直す

更新日 : 2009年03月04日 (水)

第1章 生物学者シェーンハイマーの偉大な功績

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授

福岡伸一: 2007年5月に発売された拙著『生物と無生物のあいだ』(講談社 現代新書)は、「生命とは何か」という問題について、読者とともに今一度考えてみたいと思って書いた本です。理科系の多少難しい内容も含んでいるので、そんなに売れる本ではないと考えていましたが、予想をはるかに裏切り、たくさんの読者に受け入れていただきました。

なぜ難しい理科系の本が売れたのか、私なりに考えてみました。「生命とは何か」————つまり私たちが生きているのは一体どういう状態なのか、あるいは私たちはどこから来て、どこに行くのかという問題は、人類が始まって以来の本質的な問いかけです。今回の結果は、この問いかけをいろいろな人が自分の問題として引き寄せて、この本を読んでくださったからだと思っています。

この本で最も述べたかったのは、「現在、生命はあまりに機械論的に捉えられ過ぎている。それは本当の生命を見ていることにはならない」ということでした。例えば、我々は「がんのメカニズム」とか「インフルエンザの作用機構」というふうに言いますが、「メカニズム」「機構」という言葉には、とりも直さず、生命が精密な機械仕掛けのマシンであるという考え方が潜んでいます。

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授
しかし生命が機械ではないことに以前から気がついていた人がいました。それは、ドイツ生まれの生物学者ルドルフ・シェーンハイマー。ユダヤ人の彼は、ナチスの靴音が高まった1930年代半ば、すてきなアイデアを1つ持ってドイツからアメリカに亡命します。そのアイデアとは、「私たちが食べた物はどこに行くのか」というものでした。

もし皆さんが「私たちはなぜ、毎日食べなければいけないのか?」と問われたら、何と答えますか? 例えば、「私たちの体は自動車のエンジンのようなもので、動くためにはエネルギー、つまりガソリンが必要だから食べ物を食べる」という答え方があります。食べ物は体内で燃やされてエネルギーを生み、燃えかすは二酸化炭素や水、不要物になって体外へ抜けていく、と。

しかし、このように体を機械論的に捉えていると、食べる行為の重要な側面を見失ってしまいます。

シェーンハイマーは今から約70年前に、この問いに明確な答えを与えてくれました。しかし、彼はノーベル賞をとったわけではなく、教科書でその名を見ることもまずありません。1941年、あらゆる報償から見放されたまま、彼は43歳で謎の自殺を遂げました。しかし、私はシェーンハイマーが20世紀最高の生物学者だと思っています。


該当講座

生命観を問い直す
福岡伸一 (生物学者)

現在、私たちの周りには生命操作を巡る様々な議論があります。遺伝子組み換え、クローン技術、ES細胞、臓器移植・・。これらを可能とする先端技術の通奏低音には、「生命とはミクロな部品が集まってできたプラモデルである」という見方、すなわち機械論的生命観があります。 しかし、本当に生命とはプラモデルのような置....


BIZセミナー その他