記事・レポート

生命観を問い直す

更新日 : 2009年06月02日 (火)

第8章 アメリカ産牛肉輸入再開の問題点

福岡伸一 分子生物学者/青山学院大学教授

福岡伸一: 日本が初めて狂牛病を目の当たりにしたのは、千葉県で第1号が出た2001年9月10日。ニューヨークで同時多発テロが起きる1日前のことです。2003年には、アメリカにいる1億頭の牛に狂牛病が潜んでいることが明らかになりました。日本は「狂牛病発生国からは牛肉を輸入しない」原則から、アメリカ産牛肉の輸入を禁止しました。

これは当然の措置でしたが、2005年12月、ある意味で科学的な論争がねじ曲げられ、政治的な決着によって、アメリカ産牛肉の条件つき輸入再開が決定。その後、輸入条件に違反したことで再び輸入禁止になり、2006年に再再開されて現在に至っています。今後、アメリカの全面的な輸入再開への圧力が強まってくることは間違いありません。

日本では、国産の牛は安心して食べられる状況が回復されています。2001年のパニックが、世界的にも厳しい対策を打ち立てさせたからです。それは4つの柱からなります。1つめは、食肉牛の「全頭検査」、2つめは、「脳、脊髄、扁桃、回腸という4つの危険部位を取り除く」措置です。この2つが車の両輪になり、食卓の安全を担保しています。

3つめが肉骨粉の使用の全面禁止。牛だけでなく、あらゆる家畜・魚類のエサとしても禁止しています。4つめが、牛を総背番号制にして牛肉の履歴がわかるようにするトレーサビリティの確立。これにより、全頭検査で感染牛が出ても、その牛と同じ頃に生まれ、同じ物を食べさせられた危険な集団を隔離除去することができるのです。

一方アメリカの狂牛病対策は、日本に比べて非常に不完全であるとしか言いようがありません。全頭検査ではなく、ごく一部だけの抜き取り調査をしています。また脳、脊髄の除去は、30カ月齢以上の高齢の牛のみから行うことになっています。

除去した脳や脊髄は日本では全部焼却処分していますが、実はアメリカでは肉骨粉の材料に回しています。さすがにそれを牛に与えることは禁止していますが、豚や鶏、魚類のエサとして使用しています。また、トレーサビリティに当たるものはありません。

イギリスに端を発した狂牛病が、なぜ日本やアメリカに飛び火したのか。ここにも「部分的な思考」が潜んでいます。1988年の肉骨粉の給餌規制に大きな落とし穴があったのです。イギリス政府は国内の牛に肉骨粉を与えることは禁止しましたが、輸出に関しては野放しでした。これは部分的な思考というより、国家的な犯罪だと思います。

現在、狂牛病に汚染されていない国は、イギリスから牛の生きた家畜も飼料も一切入れなかったニュージーランド、オーストラリア、それからアルゼンチンなど非常に限られた国だけとなっています。


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