記事・レポート
生命観を問い直す
更新日 : 2009年08月05日
(水)
第14章 「1円でも安いものを買う」という負のスパイラルからの脱却
会場からの質問: アメリカでは狂牛病とかヤコブ病はまだ発生しているのでしょうか。また、アメリカ産牛肉の輸入を再開することは、かなりの危険性があるのでしょうか。
福岡伸一: そう思います。ただ、そう考えない人たちもいるということです。そこには、さまざまな利害関係があるからです。アメリカで狂牛病がどれくらい発生しているかは全くわかりません。ただ、400万頭規模の牛で35例の狂牛病が発見された日本の例から単純計算すると、1億頭の牛がいて、かつ肉骨粉の製造を続けているアメリカでは数百頭規模の狂牛病が潜み、さらに拡大している可能性があります。
また、アメリカで診断されたヤコブ病の数自体は増加していますが、それが狂牛病由来か、別の原因からなのかは判別できません。ヤコブ病の症状はアルツハイマー病の症状と非常に似ています。ヤコブ病を確定的に診断するには、死んだあとの脳を生化学的に見なければいけませんが、そこまで行われないからです。
リスクが見えない、リスクを定量できない状態が、アメリカでそのままになっている以上、アメリカ産牛肉が全面的に日本に入ってくることにより、日本に新たなヤコブ病を出してしまう可能性があると思います。
会場からの質問: アメリカ産牛肉以外で、あまり食べない方がいいものがあれば(笑)、教えてください。
福岡伸一: 私は何かを「買ってはいけない」と言うつもりはないのですが、あえて言えば、現在安心できる牛肉は、まず国産牛肉。今のところ考えられる最高の検査システムができていますから安全だと思います。それから狂牛病が過去1例も発生したことがないオーストラリア、ニュージーランドの牛肉です。
しかし、アメリカ産牛肉もすべてが危険なわけではありません。私はアメリカで、オーガニック食品専門スーパーにどういう牛肉が供給されているかを調査をしたことがあります。そういうスーパーに牛肉を入れている牧場があり、一つはコロラド州のコールマン・ナチュラル・ビーフ社です。会長にインタビューしたところ、彼は「狂牛病騒動には迷惑している。ウチの牛は狂牛病などになりっこない」と自信をもって言うのです。
「なぜ?」と問うと、「牛を正しく育てているからだ」と答えました。つまり、牛に草だけを食べさせていれば、狂牛病にかかるチャンスはありません。彼の牧場では、牛に有機栽培された植物性飼料だけを与えている。無農薬で、人口肥料や抗生物質、成長ホルモンを与えないことで、牛を正しく育てているのです。
コールマンビーフは1つのブランドで、レストランでは「コールマンビーフのステーキ」というメニューもあります。結局、原産国の差異ではなく、プロセスを見せてくれる供し手が供給しているものを選ぶことが大事なのです。
コールマン社のビーフは割高です。それが安全と安心のコストで、製造プロセスを見せてくれるコストなのです。そして、そのコストを払うことは、そういう供し手を応援するということです。
「1円でも安いものを買う」という負のスパイラルから、「プロセスを見せてくれる供し手を応援するために、その分のコストを払う」というポジティブなサイクルに人々が変わることが、食の安全安心を取り戻す方法の一つではないかと私は思います。(終)
福岡伸一: そう思います。ただ、そう考えない人たちもいるということです。そこには、さまざまな利害関係があるからです。アメリカで狂牛病がどれくらい発生しているかは全くわかりません。ただ、400万頭規模の牛で35例の狂牛病が発見された日本の例から単純計算すると、1億頭の牛がいて、かつ肉骨粉の製造を続けているアメリカでは数百頭規模の狂牛病が潜み、さらに拡大している可能性があります。
また、アメリカで診断されたヤコブ病の数自体は増加していますが、それが狂牛病由来か、別の原因からなのかは判別できません。ヤコブ病の症状はアルツハイマー病の症状と非常に似ています。ヤコブ病を確定的に診断するには、死んだあとの脳を生化学的に見なければいけませんが、そこまで行われないからです。
リスクが見えない、リスクを定量できない状態が、アメリカでそのままになっている以上、アメリカ産牛肉が全面的に日本に入ってくることにより、日本に新たなヤコブ病を出してしまう可能性があると思います。
会場からの質問: アメリカ産牛肉以外で、あまり食べない方がいいものがあれば(笑)、教えてください。
福岡伸一: 私は何かを「買ってはいけない」と言うつもりはないのですが、あえて言えば、現在安心できる牛肉は、まず国産牛肉。今のところ考えられる最高の検査システムができていますから安全だと思います。それから狂牛病が過去1例も発生したことがないオーストラリア、ニュージーランドの牛肉です。
しかし、アメリカ産牛肉もすべてが危険なわけではありません。私はアメリカで、オーガニック食品専門スーパーにどういう牛肉が供給されているかを調査をしたことがあります。そういうスーパーに牛肉を入れている牧場があり、一つはコロラド州のコールマン・ナチュラル・ビーフ社です。会長にインタビューしたところ、彼は「狂牛病騒動には迷惑している。ウチの牛は狂牛病などになりっこない」と自信をもって言うのです。
「なぜ?」と問うと、「牛を正しく育てているからだ」と答えました。つまり、牛に草だけを食べさせていれば、狂牛病にかかるチャンスはありません。彼の牧場では、牛に有機栽培された植物性飼料だけを与えている。無農薬で、人口肥料や抗生物質、成長ホルモンを与えないことで、牛を正しく育てているのです。
コールマンビーフは1つのブランドで、レストランでは「コールマンビーフのステーキ」というメニューもあります。結局、原産国の差異ではなく、プロセスを見せてくれる供し手が供給しているものを選ぶことが大事なのです。
コールマン社のビーフは割高です。それが安全と安心のコストで、製造プロセスを見せてくれるコストなのです。そして、そのコストを払うことは、そういう供し手を応援するということです。
「1円でも安いものを買う」という負のスパイラルから、「プロセスを見せてくれる供し手を応援するために、その分のコストを払う」というポジティブなサイクルに人々が変わることが、食の安全安心を取り戻す方法の一つではないかと私は思います。(終)
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