記事・レポート

福祉がいまできること~横浜市副市長の経験から

ケロッグ大学大学院モーニング・セッション 講師:前田正子

更新日 : 2009年03月11日 (水)

第3章 行政の仕事は、八方美人は無理

前田正子 財団法人横浜市国際交流協会 理事長

前田正子: なぜこういうことをしたか。介護保険に投入する税金の伸びがすごいとか、後期高齢者医療制度が今話題になっていますが、そのときは老人保険制度でしたが、こういった高齢者関連の制度に投入する税金も、年々増額し大変な額になっていました。その増額分を少しでも捻出するために、言ってみれば「高齢者の方の医療保険や介護保険を守るためのお金を少しでも賄うために、敬老パスのお金ぐらいはもってもらえないか」ということで提案したのですが、その意図が全然伝わらなくて……。

そのとき市長は40歳になったばかり、私が44歳ぐらいだったので、市役所に「若い市長や副市長は高齢者の気持ちがわからない、血も涙もない」というファクスやお手紙、はがきのがたくさん来ました。

さらに問題が悪化したのは、同時に小児医療費無料制度の年齢対象を拡大する予算が一緒に出されたためです。福祉局は高齢者から障害者から子どもの福祉から、すべて担当します。当時、横浜市では0歳から4歳までの子どもの医療費は無料でした。国の制度は0歳だけです。それに横浜市が加算補助をして、0歳から4歳までのお子さんは病院にかかる費用は無料という制度をつくっていたのですが、これを5歳まで拡大するという提案をして、約50億円の費用が約66億円になるという予算案を出しました。

それまでは皆さん、「子どもが生まれないと世の中やっていけない、高齢者の方にも少し我慢してもらって、未来への投資として子どもにも回してもいい」とおっしゃっていたのですが、今度は「子どもに回す金はあっても、なんで高齢者に回す金はないんだ」ということになり、大きな騒ぎになったのです。

この予算が同時に出たもので、いろいろな場面で「前田さんは、高齢者と子ども、どっちが大事なんですか?」と言われました。私が「どちらも大事です。生まれた子どもが20~30年後にはヘルパーやお医者さんになって、高齢者の介護をするのですから」と言っても、皆さん感情的に納得できないのです。

つまり、「ニーズにプライオリティをつけろ」「何々しろ」とおっしゃるのですが、みんな個々のニーズが違いますし、それぞれが自分のニーズが一番大事だと思っています。それを調整するのが行政や議会の仕事です。市民の皆さん同士が、子どもと高齢者、本当はどちらが大事かを話し合うことはなく、高齢者は「高齢者に金を出すべきだ」と行政に言い、親たちは「高齢者の方には手厚いのに子どもには……」と不満を行政に言うのです。

このとき、行政の仕事というのは、八方美人は無理だなと思いました。お金がないですから、とにかく必要な事業、プライオリティはこれだとつけたら、とにかく批判されてもやることをやるしかない。パイは限られているわけですから、結局、今では、敬老祝金もやめました。

「これはこういう理由でこうだから、高齢者への敬老祝金を止めましょう」という提案が下から上がってくるのですが、決済は私がするわけです。ですから、皆さんとてもお怒りになる。「血も涙もない行政だ、あんたが来てどうこう……」と毎日、個人的にも批判を受けました。そういう状態のなか、私は皆さんに「何もかもは無理なんですよ」と申し上げていたのです。


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福祉がいまできること
横浜市副市長の経験から
前田正子 (財団法人横浜市国際交流協会 理事長)

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