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【第4回】「15分都市」という選択 住み心地のいい街の条件とは?
更新日 : 2024年10月22日
(火)
【第4回】「15分都市」という選択 住み心地のいい街の条件とは?
大学で秋学期が始まりました。最初の授業ではお互いに自己紹介をします。そのなかで学生さんたちに「あなたがこれまで居住または長期滞在したことのある場所で、最も住み心地がよかった、あるいは今後の人生においても住みたいと思ったところはどこですか。その理由は?」という問いかけをしました。自分の育ったホームタウンをあげる学生もいれば、留学や旅行で訪れて好きになった街を挙げる学生もいました。興味深いのは住み心地がいいと感じる理由にいくつかの共通点があったことです。たとえば、「都市へのアクセスのよい郊外」であること、「必要なものが地域内でひととおり手に入る」という点を挙げた人は複数名いました。海に近いとか、歴史的建造物があるといった点を挙げた人もいましたが、それらはむしろ少数派でした。
近接の生活圏をつくるという考え方自体はそれほど新しいものではありません。社会保障、防災などの行政サービスの集約化や脱炭素を推進するための「コンパクトシティ」構想は日本においても政策化されています。モレノの提唱している15分都市も効率や環境に配慮したものですが、その視点が「市民のQOL向上」というところにフォーカスしているところが特徴的です。それはモレノの推奨する3つのアプローチにも表れています。
まず「クロノアーバニズム(Chrono-Urbanism)」。時間という概念から都市機能を見直す考え方です。これは通勤や買い物などにかかる移動時間を短縮することで生活の質を上げるといった発想につながります。
次に「クロノトピー(Chronotopy)」。これは「時間(クロノ)」と「場所(トポ)」を合わせた造語ですが、場所の機能を時間で考えるというアプローチです。ここから、授業が行われていない時間に学校を地域の人に開放するといった選択肢が生れます。
最後に「トポフィリア(Topophilia)」。これは場所への愛を指します。「15分都市」は人々が自分の住む街と「つながっている」という意識や愛着がベースになっています。日本語だと「界隈の復活」のようなニュアンスだと思います。
彼は機能別にゾーニングされた現代の都市がコミュニティを弱体化させ、住む人を疲弊させていることには気づいていましたが、コロナ禍においてこの問題がテクノロジーによって望ましくない方法で「解決」されつつあることに危惧を抱きました。
コロナによって、多くの都市生活者が多かれ少なかれ「在宅のまますべて」を行う生活を体験しました。そのためのサービスやインフラが一気に整い、コロナ禍が去ったあともその一部は定着し、当たり前になっています。
それによって、過剰消費、環境への過負荷、不平等、孤独、社会的疎外などの新たな問題も発生しています。この動きを食い止めるためにマンズィーニが提案しているのが、「近接」をキーコンセプトとする「ケアする都市」です。
近接さえ実現すればよいということではありません。高速交通網ができる以前、わたしたちは伝統的な「近接の都市」に住んでいました。それはときに息苦しく、抑圧的で、排他的な都市でもありました。いわゆる「ムラ社会」です。そこに逆戻りさせないために、デジタルテクノロジーを使うべきだというのがマンズィーニの主張です。デジタルテクノロジーは関係性を分断するツールでもあり、修復し発展させるツールでもある、ということです。マンズィーニの言う近接の都市には、「短いネットワーク」と「長いネットワーク」が混在しています。短いネットワークは距離の近さ、長いネットワークは離れた都市や住民以外の人たちとの関係を表しています。小さくまとまっていながら、外の世界との関係性に対してオープンであること、これが現代の近接の都市のモデルです。マンズィーニはこれを「コスモポリタンローカリズム」という言葉で言い表しています。
授業のなかで学生たちが「住み心地のよさ」としてあげた「都市へのアクセスのよさ」と「近所で用事がすむ便利さ」というのは、まさにモレノのいう「15分都市」、マンズィーニの「近接の都市」の特徴なのです。その後、「自分が住んでいる街に絶対あってほしい(なくなってほしくない)もの」についても話し合いました。わたしにとっては「書店」なのですが、もうわが家から15分圏内にはなくなってしまいました。学生たちからは「個人がやっているお店」、「誕生日のお祝いにちょっと気合をいれていける店」、「喫茶店」といった意見が出ました。ショッピングモールは便利だけど商店街になくなってほしくない、スタバも使うけど喫茶店になくなってほしくない。全国チェーンか個人経営かということではなく、お店の人とお客さんが「対等の関係である」ような空間、地域の職人(プロフェッショナル)を大切にしたい…。地元に愛されるお店は「コミュニティのメンバーに共有されている」コモンズに近い存在ではないかと思います。マンズィーニは、コモンズは私有か共有かという区分ではないといいます。「近所の庭はそれが住民たち自身によって管理されているなら、たとえその土地が私有地だったとしてもコモンズなのである」。
あなたにとって、自分の住む街で「どうしてもなくなってほしくないもの」はありますか。
それを守るためにあなたができることは何でしょうか。
執筆者:中嶋 愛
編集者。ビジネス系出版社で雑誌、単行本、ウェブコンテンツの編集に携わったのち、ソーシャルイノベーションの専門誌、Stanford Social Innovation Reviewの日本版立ち上げに参画。「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」創刊編集長。スタンフォード大学修士修了。同志社大学客員教授。庭と建築巡りが好きです。
カルロス・モレノが提唱する「15分都市」
実はこの問いかけは、「15分都市」というものについて考えるための導線でした。15分都市というのはIAEソルボンヌ大学ビジネススクール准教授のカルロス・モレノが提唱しているコンセプトで、徒歩もしくは自転車で15分程度の移動で生活に必要なすべての機能にアクセスできる都市のことです。都市生活に必要なすべての機能として、モレノは、住居、仕事、生活必需品、教育、健康、娯楽の6つを挙げています。現職のパリ市長のアンヌ・イダルゴは、この「15分都市」を選挙キャンペーンの核に掲げて再選を果たしています。近接の生活圏をつくるという考え方自体はそれほど新しいものではありません。社会保障、防災などの行政サービスの集約化や脱炭素を推進するための「コンパクトシティ」構想は日本においても政策化されています。モレノの提唱している15分都市も効率や環境に配慮したものですが、その視点が「市民のQOL向上」というところにフォーカスしているところが特徴的です。それはモレノの推奨する3つのアプローチにも表れています。
まず「クロノアーバニズム(Chrono-Urbanism)」。時間という概念から都市機能を見直す考え方です。これは通勤や買い物などにかかる移動時間を短縮することで生活の質を上げるといった発想につながります。
次に「クロノトピー(Chronotopy)」。これは「時間(クロノ)」と「場所(トポ)」を合わせた造語ですが、場所の機能を時間で考えるというアプローチです。ここから、授業が行われていない時間に学校を地域の人に開放するといった選択肢が生れます。
最後に「トポフィリア(Topophilia)」。これは場所への愛を指します。「15分都市」は人々が自分の住む街と「つながっている」という意識や愛着がベースになっています。日本語だと「界隈の復活」のようなニュアンスだと思います。
近接をキーコンセプトとするエツィオ・マンズィー二の「ケアする都市」
ソーシャルイノベーションとサステナビリティのためのデザインの先駆者であるエツィオ・マンズィーニは、この「15分都市」を「ケアする都市」の一つのひな形として紹介しています。ケアする都市というのは「人びと、組織、場所、製品、サービスが全体としてお互いにケアする能力を発揮するエコシステム」とマンズィーニは定義しています。彼は機能別にゾーニングされた現代の都市がコミュニティを弱体化させ、住む人を疲弊させていることには気づいていましたが、コロナ禍においてこの問題がテクノロジーによって望ましくない方法で「解決」されつつあることに危惧を抱きました。
コロナによって、多くの都市生活者が多かれ少なかれ「在宅のまますべて」を行う生活を体験しました。そのためのサービスやインフラが一気に整い、コロナ禍が去ったあともその一部は定着し、当たり前になっています。
それによって、過剰消費、環境への過負荷、不平等、孤独、社会的疎外などの新たな問題も発生しています。この動きを食い止めるためにマンズィーニが提案しているのが、「近接」をキーコンセプトとする「ケアする都市」です。
近接さえ実現すればよいということではありません。高速交通網ができる以前、わたしたちは伝統的な「近接の都市」に住んでいました。それはときに息苦しく、抑圧的で、排他的な都市でもありました。いわゆる「ムラ社会」です。そこに逆戻りさせないために、デジタルテクノロジーを使うべきだというのがマンズィーニの主張です。デジタルテクノロジーは関係性を分断するツールでもあり、修復し発展させるツールでもある、ということです。マンズィーニの言う近接の都市には、「短いネットワーク」と「長いネットワーク」が混在しています。短いネットワークは距離の近さ、長いネットワークは離れた都市や住民以外の人たちとの関係を表しています。小さくまとまっていながら、外の世界との関係性に対してオープンであること、これが現代の近接の都市のモデルです。マンズィーニはこれを「コスモポリタンローカリズム」という言葉で言い表しています。
授業のなかで学生たちが「住み心地のよさ」としてあげた「都市へのアクセスのよさ」と「近所で用事がすむ便利さ」というのは、まさにモレノのいう「15分都市」、マンズィーニの「近接の都市」の特徴なのです。その後、「自分が住んでいる街に絶対あってほしい(なくなってほしくない)もの」についても話し合いました。わたしにとっては「書店」なのですが、もうわが家から15分圏内にはなくなってしまいました。学生たちからは「個人がやっているお店」、「誕生日のお祝いにちょっと気合をいれていける店」、「喫茶店」といった意見が出ました。ショッピングモールは便利だけど商店街になくなってほしくない、スタバも使うけど喫茶店になくなってほしくない。全国チェーンか個人経営かということではなく、お店の人とお客さんが「対等の関係である」ような空間、地域の職人(プロフェッショナル)を大切にしたい…。地元に愛されるお店は「コミュニティのメンバーに共有されている」コモンズに近い存在ではないかと思います。マンズィーニは、コモンズは私有か共有かという区分ではないといいます。「近所の庭はそれが住民たち自身によって管理されているなら、たとえその土地が私有地だったとしてもコモンズなのである」。
あなたにとって、自分の住む街で「どうしてもなくなってほしくないもの」はありますか。
それを守るためにあなたができることは何でしょうか。
執筆者:中嶋 愛
編集者。ビジネス系出版社で雑誌、単行本、ウェブコンテンツの編集に携わったのち、ソーシャルイノベーションの専門誌、Stanford Social Innovation Reviewの日本版立ち上げに参画。「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」創刊編集長。スタンフォード大学修士修了。同志社大学客員教授。庭と建築巡りが好きです。
15分都市 人にやさしいコンパクトな街を求めて
カルロス・モレノ柏書房
ここちよい近さがまちを変える/ケアとデジタルによる近接のデザイン: Ideas for the City That Cares
エツィオ・マンズィーニXデザイン出版
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