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【第7回】政治の話は嫌いですか~ポリティカルイノベーション事始め~
更新日 : 2025年01月21日
(火)
【第7回】政治の話は嫌いですか ~ポリティカルイノベーション事始め~
ついに第2次トランプ政権が発足しました。1年前には「もしトラ」とか「ほぼトラ」という言葉がメディアを飛び交ったものですが、ここからは「まじトラ」です。前政権のときとは世界情勢も大きく変わっています。現在は「Gゼロ(1)」と言われるように、国際秩序を維持するために主要先進国が力を発揮できていない状態に陥っています。その原因のひとつが各国内政における政情不安です。年明けにはG7首脳中最古参であるカナダのトルドー首相が辞任を表明。ドイツではショルツ首相への不信任を受けてこの2月に20年ぶりの解散総選挙が行われます。フランスでは昨年3回も首相が交代し、マクロン大統領の支持率も右肩下がり。隣国韓国では大統領が「非常戒厳」を発令したかどで弾劾裁判にかけられています。日本でも昨年の解散総選挙で自民党が大敗し、少数与党に転じました。
民主主義的な政治制度は、暴力に訴えず、話し合いによって共同体を運営していく仕組みです。少数意見を尊重し、対話のプロセスに重きを置き、やり直しもきくというのがこの制度の利点ですが、それは同時に非効率で不徹底なことも意味します。ソーシャルイノベーションは、こうした非効率で不徹底な政治を迂回し、民間主導で社会課題を解決する新しいアプローチとして1990年ごろから注目され出した分野です。そうは言うものの、民主主義そのものが危機的状況に陥っているいま、ソーシャルイノベーションにおいてもこの問題に向き合わなくてはならないという気運が高まってきました。昨今では、ポリティカルイノベーションも広義でのソーシャルイノベーションの一部と考えられています(2)。
そんな問題意識にひっかかったのが、偶然入った本屋で見つけた『政治的に無価値なキミたちへ』(大田比路著)という本です(4)。帯には「早稲田大学の政治入門講義を書籍化」とありました。その本は冒頭で読者に18問の「政治的質問」に答えさせ、社会的平等と経済的自由という2軸で分割された4つのイデオロギー(リバタリアン、リベラル、共同体主義、保守主義)のいずれかに分類します。それによって、政治に無関心だったり政治を忌避したりしている人間でも、政治的イデオロギーを持っていることを自覚させます。
そこから本論に入ります。日本における人権、教育、労働、階級、結婚などをめぐる現状がデータの裏付けとともに示されます。たとえばこんな事実です。「日本の大学の学費は世界でもトップクラスに高い」「OECD加盟国のなかで完全夫婦別姓ルールがないのは日本だけ」「日本では裁判での推定無罪も捜査機関の令状主義も実質守られていない」「日本の失業率は低いが、最低賃金および失業給付金は先進国で最低レベル」。いずれの問題にも関心がないという人はまずいないでしょう。「えー、そんなことになっていたんだ」「まあそうでしょうねえ」などと驚いたり納得したりしながら、「これはこのままでいいわけがない」という気持ちがムクムクと湧いてくる。そこに冷や水を浴びせるように著者はこう言い放ちます、「キミは政治的に無価値だ。キミの一票に価値はない」。これは投票に行っても無駄ということではありません。著者の真意は「自分と同じ投票をするよう大勢の他者に訴える行動を伴わなければ、自分の政治的意思は政府に伝わらない」ということです。「自分と同じ投票をするよう大勢の他者に訴えかける行動」を効果的に行うにはどうしたらいいか、その行動が意味を持つような環境をどうやったら整えることができるか。ポリティカルイノベーションはそこから始まるのかもしれません。
本書の最後に「国家とは何か」という話が出てきます。著者は国家の果たしてきた最大の役割は「階級区分」であったといいます。特権階級のもとに富を安定的かつ永続的に集中させるための「社会秩序」が階級区分であり、それを維持するために警察や軍隊という「暴力」装置が国家には組み込まれている。国家は恐怖というツールで統治をおこなってきたと。国家のもう一つのツールは「希望」であると著者は言います。しんどいことに耐えてがんばっていれば「いつか」いいことがあるのでは、と「下々の民に希望を見せる」ことで彼らが不満を暴走させるのを食い止め、社会の秩序を守るということです。恐怖と希望による国民の支配が国家の本質であるのだとしたら、それを変えるためには国民が対等な立場で意見を出し合って生み出す理念の力が必要である。そのプロセスが政治であり、大学はそのプロセスに参加する知識を共有し仲間を見つけるところである。ゆえに大学はすべての人に開かれていなければならない、というのが本書の結論です。
民主主義的な政治制度は、暴力に訴えず、話し合いによって共同体を運営していく仕組みです。少数意見を尊重し、対話のプロセスに重きを置き、やり直しもきくというのがこの制度の利点ですが、それは同時に非効率で不徹底なことも意味します。ソーシャルイノベーションは、こうした非効率で不徹底な政治を迂回し、民間主導で社会課題を解決する新しいアプローチとして1990年ごろから注目され出した分野です。そうは言うものの、民主主義そのものが危機的状況に陥っているいま、ソーシャルイノベーションにおいてもこの問題に向き合わなくてはならないという気運が高まってきました。昨今では、ポリティカルイノベーションも広義でのソーシャルイノベーションの一部と考えられています(2)。
誰もが政治イデオロギーを持っている
こんな話を大学院の授業でもしたのですが、なかなか扱いづらいテーマでした。その理由のひとつは、人によって政治への関心度合い、関心分野がまったく違うということです。中国からの留学生たちはそもそも投票をしたこともなく、政治について語ることに慣れていないと戸惑っていました。政治分野のジェンダーギャップをどのように解消するかというテーマでディスカッションも行ったのですが、そもそもジェンダー平等を争点化することに抵抗があるという学生もいました。政治は万人に関わることだけれども、その関わり方や関わり度合いはさまざまです。昨今いわれる政治のアイデンティティポリティクス化は、政治体制そのものの改革のための連帯や結束を阻む方向に働くこともあり、それが教育における政治の扱い方をさらに難しくしているようにも感じました(3)。そんな問題意識にひっかかったのが、偶然入った本屋で見つけた『政治的に無価値なキミたちへ』(大田比路著)という本です(4)。帯には「早稲田大学の政治入門講義を書籍化」とありました。その本は冒頭で読者に18問の「政治的質問」に答えさせ、社会的平等と経済的自由という2軸で分割された4つのイデオロギー(リバタリアン、リベラル、共同体主義、保守主義)のいずれかに分類します。それによって、政治に無関心だったり政治を忌避したりしている人間でも、政治的イデオロギーを持っていることを自覚させます。
そこから本論に入ります。日本における人権、教育、労働、階級、結婚などをめぐる現状がデータの裏付けとともに示されます。たとえばこんな事実です。「日本の大学の学費は世界でもトップクラスに高い」「OECD加盟国のなかで完全夫婦別姓ルールがないのは日本だけ」「日本では裁判での推定無罪も捜査機関の令状主義も実質守られていない」「日本の失業率は低いが、最低賃金および失業給付金は先進国で最低レベル」。いずれの問題にも関心がないという人はまずいないでしょう。「えー、そんなことになっていたんだ」「まあそうでしょうねえ」などと驚いたり納得したりしながら、「これはこのままでいいわけがない」という気持ちがムクムクと湧いてくる。そこに冷や水を浴びせるように著者はこう言い放ちます、「キミは政治的に無価値だ。キミの一票に価値はない」。これは投票に行っても無駄ということではありません。著者の真意は「自分と同じ投票をするよう大勢の他者に訴える行動を伴わなければ、自分の政治的意思は政府に伝わらない」ということです。「自分と同じ投票をするよう大勢の他者に訴えかける行動」を効果的に行うにはどうしたらいいか、その行動が意味を持つような環境をどうやったら整えることができるか。ポリティカルイノベーションはそこから始まるのかもしれません。
国家とは何か
本書の最後に「国家とは何か」という話が出てきます。著者は国家の果たしてきた最大の役割は「階級区分」であったといいます。特権階級のもとに富を安定的かつ永続的に集中させるための「社会秩序」が階級区分であり、それを維持するために警察や軍隊という「暴力」装置が国家には組み込まれている。国家は恐怖というツールで統治をおこなってきたと。国家のもう一つのツールは「希望」であると著者は言います。しんどいことに耐えてがんばっていれば「いつか」いいことがあるのでは、と「下々の民に希望を見せる」ことで彼らが不満を暴走させるのを食い止め、社会の秩序を守るということです。恐怖と希望による国民の支配が国家の本質であるのだとしたら、それを変えるためには国民が対等な立場で意見を出し合って生み出す理念の力が必要である。そのプロセスが政治であり、大学はそのプロセスに参加する知識を共有し仲間を見つけるところである。ゆえに大学はすべての人に開かれていなければならない、というのが本書の結論です。
デンマーク発「デモクラシーフィットネス」で鍛えられるもの
「政治的に無価値」な人間を能動的な市民へとエンパワーする。それは大学だけの仕事ではないはずです。デンマークでは幼少期から対話を重視した民主主義的な思考を身に付ける教育を行っていますが、学校を出てからも、デモクラシーの基礎となる対話を通じた合意形成のスキルを身に付ける機会があらゆる場で提供されています。そのひとつが、ある民間団体が開発した「デモクラシーフィットネス」というプログラムです。年末このプログラムに参加する機会があり「受験は廃止すべきか」というテーマで自分とは違う意見を持つ人と対話を重ねるという経験をしました。「民主主義をどう立て直すか」という大きな話をする前に、こうした具体的で身近なテーマについて対話による合意形成の「筋肉」を鍛えておくことの大切さを実感しました。みなさんには「大学および大学院の教育は無償化すべきか」といったテーマを本音で話す相手がいるでしょうか。話す場があるでしょうか。(1)Gゼロ:国際政治学者のイアン・ブレマー氏が唱える概念で「世界秩序の形成を主導する国がいない状態」を差す。
(2)ヨハンナ・マイヤー他「政治にもイノベーションが必要だ」『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版』
(3)アイデンティティポリティクス:ジェンダー、民族、人種などの社会的アイデンティティに基づき、特定の集団の権利や平等を訴える社会運動や政治的姿勢
(4)大田比呂『政治的に無価値なキミたちへ』イースト・プレス(2023)
執筆者:中嶋 愛
編集者。ビジネス系出版社で雑誌、単行本、ウェブコンテンツの編集に携わったのち、ソーシャルイノベーションの専門誌、Stanford Social Innovation Reviewの日本版立ち上げに参画。「スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版」創刊編集長。スタンフォード大学修士修了。同志社大学客員教授。庭と建築巡りが好きです。
参考文献
政治的に無価値なキミたちへ
太田比路イースト・プレス
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