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カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2014年10月10日 (金)

第9章 奇なるモノへの深い想い(1)




キュリオッサ

 「キュリオッサ」は、元来は伊語の〈キュリオソ(curioso)〉が書いた、あるいは出した本のことです。この語は本来「技芸に深い関心を持っている人」を意味するのですが、ここでは「知りたがり屋」、どちらかと言えば‘マニアックな’の限定詞が付けられて然るべき人物が、奇なるモノに深い想いを寄せて、それらにこだわって蒐集し、それらを‘フツー’の人たちには考えも付かない視点から克明に分析し、考察して明らかにした本としておきます。要するに「奇妙奇天烈!」、「珍本!」「変わった本だね」とか「オタク本だね」です。

 『死の帝国』(P・クドゥナリス/創元社)は、その典型と言っていいでしょう。これは世界の納骨堂の写真集で、帯び書きに「見つめるだけで心が落ち着く、不思議なヒーリング・パワーも秘めた、異色のヴィジュアル・ブック」とありますが、カバー写真はもとより、本文中のどの写真を見ても気味が悪い極みです。髑髏の装身具や髑髏が刷り込まれたTシャツなどを身につけて、強がっている最近の若者たちでも、この本には‘真っ青’でしょう。

 しかしこの本は、欧州(2、3のアジア諸国を含む)のカタコンペ(地下共同墓地)やクリプト(教会の祭壇の下に配置された墓や納骨堂および聖遺物納所)に設けられた70余の骸骨堂を、中世美術史家である著者が、宗教象徴学と図像学の観点から一般向けに解説しています。たしかに一見奇抜な本ですが、その本筋は、死とどのように向き合うかという人間最大の関心事を主題とする文化人類学の一つの成果です。




 かくして‘キュリオッサ’本は、その奇抜なネタから森羅万象の一端に迫ることもあります。前の本ほど極端ではないにしても、人の笑い顔を科学する『微笑みのたくらみ』(L・マリアン/化学同人)も十分に変わった本です。老若男女やさまざまな年代の人の笑いはもとより、さまざまな人種のそれ、さまざまな職業人のそれ、ときには性転換者や自閉症者や犯罪人のそれ、それにチンパンジーのそれを集め、それらの笑顔の裏に隠されたモノを見つけ出そうとしています。日本語に、微笑、嘲笑、冷笑、高笑、哄笑、片笑、一笑、艶笑、歓笑、喜笑、軽笑、嬌笑、苦笑、巧笑、談笑、失笑、爆笑、大笑、顰笑、憫笑、放笑、目笑、朗笑(『逆引き広辞苑』)等々、さまざまな笑いがありますが、人はなぜ笑うのか、どんなときに笑うのかを明らかにすべく「笑顔学」なるものの体系化を試みるとするならば、それは科学です。



 同様にトマス・モアの『ユートピア』(16世紀)を真ん中において、ギリシア・ローマの古典から現代のSF作品に著された理想郷を、地獄郷(ディストピア)との対比の上で、大量な図版を示しながら、総ざらいした『ユートピアの歴史』(G・クレイズ/東洋書林)も奇抜な本です。しかしこの本を文学作品に描かれたユートピアを通じて、人間が生きる理想的な環境、もちろん自然環境にとどまらず、あらゆる条件を満たした生活環境を追及するための手がかりと捉えるならば、随分と有益なデータブックです。

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