記事・レポート

『美』という21世紀の文化資本

今、日本人が見失ってはならないこと

更新日 : 2010年02月23日 (火)

第6章 「美しい」と感じる心は、時を越えて培われる

伊藤俊治氏(左)福原義春氏(右)

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伊藤俊治: 美の本質的なことになると思いますが、例えば花や風景を見て何かを感じることは、その人の過去の歴史や記憶の積み重ねと関係すると思うのです。何かを見て美しいと感じたことというのは、一度脳の中に連想して通った道があるとすると、経験によってそこの回路がだんだん太くなっていくのではないでしょうか。だから美を表現したいと思うなら、「美しい」と感じる体験を積み重ねて、脳の中にある美の回路を太くしていく必要があると思うのです。

日本には今なおたくさんの祝祭や儀礼が残っていますが、なぜ延々と残ってきたのか。それは祝祭や儀礼が時間と空間をリデザインする場であって、そういう場を通してわれわれが遠い祖先の生き方や知恵、また彼らが美しいと感じた感動を追体験する仕掛だからだという気がします。

そういうことが、実はわれわれを非常に深いところで支えているのではないでしょうか。だからわれわれが美しいと感じることは、自分1人が美しいと感じているのではなく、自分の中にある、福原さんがおっしゃるところの“文化的な遺伝子”のような何かが震えるということではないでしょうか。そういうことと自分がつながっていることが、自分の生きることを支えているのではないかと思います。

美の感動というのは一体何なのかといつも考えるのですが、果てしない過去の、想像もつかないたくさんの美の経験から受け継がれてきたものと自分がちゃんとつながり合っていられるという、そういう感情なんじゃないかなという気がします。

福原義春: だから、子どものときからたくさんの花や風景を見たり、たくさんの動物や昆虫に触れたりしてほしいですね。自分の体験の積み重ねがたくさんあればあるほど、感性というのは養われると思います。

人生というのは一定の時間しかありませんから、例えばほとんどの時間をゲームやパソコンに費やしていたら、感性が豊かになる余地がないのではないでしょうか。そうしなければ生きられないということもありますが、大変矛盾することに、余分なことをすることで感性が高まるということもあります。その調和点を求めて、人は生きるのだと思います。

誰だって自分の人生を通じて、自分をもっと高めていきたいと思っているはずです。どうせ生きているのなら、少しでもいい生き方をしようと。そのためにはたくさんの体験をしてみる必要があると思います。

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福原義春 (株式会社資生堂 名誉会長)
伊藤俊治 (東京藝術大学美術学部先端芸術表現科教授)

福原義春(㈱資生堂名誉会長)
伊藤俊治(東京藝術大学教授)


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