記事・レポート

石田衣良 x 幅允孝『言葉のリズム、本の呼吸』

いまから目を逸らさず、ありのままを表現する

更新日 : 2013年10月21日 (月)

第9章 失敗を重ねることで読書は豊かなものになる

写真左:幅允孝 (ブックディレクター)写真右:石田衣良(小説家)

 
文化としての彩り

幅允孝: 最近は、「読む」ことへのモチベーションが持続できない、なかなか本に向き合えない人が多いといわれています。また、出版不況ともいわれていますが、小説家としては、自分が書いた本をたくさんの人に読んでもらいたい。そのあたりについては、どのようにお考えですか?

石田衣良: うーん……。そうでもないかな。

幅允孝: そうでもない、ですか?

石田衣良: 100万部売れるような本は、本当はあまりいらない。それよりも、10万部売れる本がたくさん出てくるほうが、文化という意味では彩りが豊かだと思います。僕の本も、その中の1つとして存在しているほうがいい。むしろ、僕がいま心配しているのは、読者の「自分の目で本を選び取る力」が弱まってきていること。古今東西たくさんの本がありますが、その中から自分に合った本を見つけようとせず、何となくベストセラーと言われるものを読み、少し経つと忘れてしまう。そうした人が増えているように思うのです。

自分の目で見極めて、愛せるものを選ぶ

幅允孝: 本を買うことに対して、失敗が許されない、買って損をしたと感じてしまうこと自体が間違っているとは、僕も思います。本はそういうものではない。むしろ、積極的に失敗を重ねていくことが、本との出会いを豊かなものにしていくと思うのです。

石田衣良: 本選びも、どんどん失敗すればいい。その中で、自分にあったものを選び取る能力が身についていくのだから。さらに、自分が好きだと思える本、宝物になる本も分かっていきます。この講演は「六本木アートカレッジ」の一環ですが、読書だけでなく、アートやファッションも同じ。また、生きることも同じです。さまざまな失敗を重ね、その中で自分なりのスタイルを見つけていく。そうやって毎日の生活を気軽に楽しむことができれば、人生はより豊かなものになっていくと思います。

幅允孝: さらに、色々なことを「自分の言葉」で話せるようになるといいですよね。どこかから借りてきた言葉ではなく。

石田衣良: 流行を追うのではなく、まずは自分の目であらゆる物事を見極めてみる。その中で、本当に自分が愛せるものを選んで、丹念に生きる。それが一番いいことだと思います。(了)

<気づきポイント>

●表層をさらうのではなく、事実の裏にある本質まで考えて書く。
●当たり前として見過ごしているものの中に、小説になり得るテーマはある。
●挫折や失敗があるからこそ、読書体験はより豊かなものになる。