記事・レポート

石田衣良 x 幅允孝『言葉のリズム、本の呼吸』

いまから目を逸らさず、ありのままを表現する

更新日 : 2013年10月17日 (木)

第7章 文章に刻む、自分なりのリズム

写真左:幅允孝 (ブックディレクター)写真右:石田衣良(小説家)

 
プロとアマチュアを分ける壁

幅允孝: 本日のテーマにもある「言葉のリズム」についてもお聞きしたいのですが。

石田衣良: 文章を書くプロとアマチュアを分ける壁は、実は「何について書いたか」ではありません。文章の中にリズムがあるか、ないかです。たとえば、ご自身でひと通り書いた原稿があれば、文章の長さを半分に分け、それを声に出して読んでみてください。声に出して読むことによって、自分なりのリズムを見つけていく。それだけで、同じ内容のものでも、倍くらい良くなると思います。

ここは意外と見過ごされてしまう部分ですが、プロになる人はみな、文章の中にその人独特のリズムがあります。リズムに関しては、天性のものだと言う人もいますが、僕は練習すれば上達するものだと思います。たとえば、4拍子で刻んできて、「次はこう来るよな」というところで、その予測を上手に外せるようになると、プロに近づいていくのだと思います。

幅允孝: 音楽を奏でるように書く、と。

石田衣良: 音楽は色々なジャンルのものを、たくさん聴いたほうがいいですね。

グールドと『池袋ウエストゲートパーク』の関係

幅允孝: 『池袋ウエストゲートパーク』を書き始めたときは、頭の中でグレン・グールド(※編注1)の奏でるピアノが鳴り響いていたそうですね。ちなみに、グールドのどの曲でしょうか?

石田衣良: バッハの鍵盤作品です。平均律クラヴィーア曲集や、ゴールドベルク変奏曲など、初期の頃です。グールドの演奏は、一見するとノンシャラン(※編注2)な印象を受けます。それでいて、独特の疾走感があり、技巧にも抜群のキレがある。書き始めたときは、そうしたスタイルの文体を目指していました。その後も『池袋ウエストゲートパーク』シリーズでは、作品ごとの雰囲気やテーマに合った音楽を聴きながら、執筆しました。

人間は“雰囲気の生き物”ですから、もしも皆さんが何か書こうと思ったとき、流れるような文体にしたかったら、モーツァルトを聴けばいい。そして、自分が天才になったフリをしてみてください。そうすると、文章のトーンがグッと変わりますし、少なくとも自分が持つ才能の限界の範囲内で、キレのあるリズムや、独特の表現が生み出せると思います。

※編注1
グレン・グールド
孤高の天才と称された、カナダ出身のピアニスト。1932年生まれ。並外れた技術と、独自解釈による芸術性の高い演奏で10代より注目を集める。23歳で発表したデビュー盤「バッハ:ゴールドベルク変奏曲」が、クラシックとしては異例のベストセラーとなる。32歳でコンサートから引退し、以後は活動の場をレコード録音、ラジオ・テレビ放送のみに限定する。1982年、50歳で急逝。

※編注2
ノンシャラン(仏/nonchalant)
無頓着でのんきなさま、なげやりなさま。