記事・レポート

石田衣良 x 幅允孝『言葉のリズム、本の呼吸』

いまから目を逸らさず、ありのままを表現する

更新日 : 2013年10月08日 (火)

第3章 少年期の読書は「秘め事」だった

写真:石田衣良(小説家)

 
性と想像力

幅允孝: 『マタニティ・グレイ』に通ずるような作品として、石田さんが2010年に出された『sex』(講談社)という短編集があります。この作品を読んでいるときは、顔が赤くなりっぱなしでした。

石田衣良: 僕はデビューした頃から、ベッドシーンを書くときは、なぜか筆が躍ってしまうのです(笑)。

幅允孝: 嬉々とした感じは、よく伝わってきました(笑)。この作品を読むと、現代の日本においてセックスというものが、どれだけ一義的で堅苦しく、狭い枠に収まっているのかがよく分かります。単なる記号としての性や欲望ではなく、人間が本来持っている性の彩りの豊かさ、想像力がどこまで突き抜けられるのか。石田さんの思いが、行間からよく伝わってきました。特に図書館が舞台となっている2話目がおもしろかった。

石田衣良: あれは僕の理想です。図書館の奥まった場所で、中学生の男の子と女の子が二人きりで、エッチな本ばかり読みふけるという。

幅允孝: 誤解のないようにお話しすると、出てくる本は立派な小説です。谷崎潤一郎の『痴人の愛』、フィリップ・ロスの『ポートノイの不満』、ヘンリー・ミラーの『南回帰線』などです。

石田衣良: 皆さんも読んでいませんでしたか、こういう本? 大人に見つからないように。

秘め事は愉しい

幅允孝: 恥ずかしながら告白すると、僕は読んでいました(笑)。でも、それ以上に中学生当時の僕は、本を読むという行為そのものが秘め事だと感じていました。

僕の好きな作品に、川端康成の『片腕』という短編があります。ある女性の片腕を一晩、男の人が借りて部屋に持って帰ってくるという、美しいけれど、設定自体よく分からない小説です。その腕を自室のベッドに置き、最初はそっと撫でたり、肌の柔らかさを確認したりする。男が話しかけてみると、その腕も会話をくれるようになる。最後は、自分の腕と付け替えてしまう。そうした作品を、中学生のときに読みました。翌日、学校で「片腕を付け替える本を読んだ」と言ったら、「幅くん、大丈夫?」と言われてしまうと思います。

つまり、 言葉や行間から伝わってくるものから、頭の中で想像を広げていく。それを人に話すのではなく、自分の中にそっとしまっておく。それが、読書の楽しさだと考えていたわけです。

石田衣良: :同感です。『片腕』は本当に美しい作品ですよね。川端康成のお勧めは『片腕』と『眠れる美女』。この2つは独特な艶を持った素晴らしい作品なので、皆さんもぜひ読んでみてください。