記事・レポート

2012年版 いま、気に掛かる本たち

ライブラリーフェローによる、本にまつわる話

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2013年02月22日 (金)

第11章 一時的でもいい、閉塞感から逃れたいときに(2)

六本木ライブラリー ブックトーク 紹介書籍

自然に身をゆだねる

澁川雅俊: 沈んだ気持ちを盛り上げようとするのか、坂本九が歌う1963年の流行歌「上を向いて歩こう」がこのごろTVでよく放映されます。確かに身を自然にゆだねてみたり、星に祈ってみたりするのも気晴らしのひとつでしょう。

『星の文化史事典』〔出雲晶子/白水社〕は、天文(テンモン)学ではなくて、天文(テンブン)学の本です。古来の星々に対する人びとの信仰、民俗、神話、伝承、芸術(文学、美術、建築)のエッセンスを収録した事典はユニークで、他に類を見ません。宇宙を詮索して気宇壮大な心持ちになるのもいいものです。『もう一つの地球が見つかる日』〔レイ・ジャヤワルダナ/草思社〕を読んで、広大無辺な宇宙空間に少なくとももう一つ地球があって、そこにもう一人の自分がいる、なんて想像をしてみたら、先々の不安を怖れている自分がうんと小さく見えるのではないでしょうか。

今度は小さくなって、虫たちと戯れたりしてみましょうか。『マイクロワールド(上下巻)』〔マイクル・クライトン、リチャード・プレストン/早川書房〕は、『ジュラシック・パーク』や『ロスト・ワールド』の著者が最後に書いたSFです。身長2センチほどに極小化された7人の生物学者たちが密林の中に放り込まれてしまいますが、48時間以内に元の身体に戻らないと副作用で死んでしいます。物語は、マイクロ化された人間の眼から見たごく普通の自然の姿を描いています。

小説を読みふける

『深海魚雨太郎の呼び声(上下巻)』〔丸山健二/文藝春秋〕で、芥川賞受賞作家・丸山健二は、支配と服従に毒された現代文明社会に背を向け、己の未来を切り拓く力強い一歩を踏みだし、人間の尊厳と自己の確立を問う一大叙事詩を謳いあげています。物語は、ある国—それは明らかに日本のことですが—の南端に浮かぶ島の海浜で生み落とされ、類まれな生命力と傑出した存在感を放つ野生児の成長を、丸山独特の文体でファンタジックに描いています。文体は万葉長歌を彷彿させますが、その韻律を次々に読み進めていくと、その野生児の強い脈動が伝わってきて、すがすがしい心情になります。

『レディ・マドンナ 東京バンドワゴン』〔小路幸也/集英社〕は、下町の古本屋で4世代が賑やかに同居する大家族を中心とする人情物語です。齢八十を越える大黒柱の店主の亡くなったおかみさんが、その家に止まり物語の舞台回しをする、という風変わりなエンタメ小説は、ひと頃政治的標語に掲げられた〈絆〉の本当のイメージを実感でき、心が温まります。

本屋大賞を受賞し、大ブレークした『舟を編む』〔三浦しをん/光文社/2011年〕は、心が和むだけでなく、未来への展望も読みとれる作品です。国語辞典の編纂に一生を掛けた人びとの悲喜こもごもの物語ですが、常にいまに生きることばを公式な日本語に確定する作業の厳しさと、日常生活者の知的展開に指針を示すべく未来に向けての悠々たる仕事であることを教えてくれます。書名の〈舟〉が知識の大海を航海するときに不可欠なものメタファーであることは言わずもがなかもしれませんが、敢えて記しておきます。(了)