記事・レポート

2012年版 いま、気に掛かる本たち

ライブラリーフェローによる、本にまつわる話

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2013年02月04日 (月)

第1章 成立1300年記念 古事記本いろいろ(1)

六本木ライブラリーに並べられている本をいつも眺めていると、「これは何だろう?」「おもしろそう!」などと思わず惹かれる本が目につきます。そこからまた、そのときどきの旬の話題も浮かび上がってきます。今回のブックトークは2012年六本木ライブラリーに配架された本の中から、ライブラリー・フェローがとくに気に掛かった本たちを選んでみました。

講師:澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)
※本文は、六本木ライブラリーでのイベント『ブックトーク第27回いま気に掛かる本たち2012』(2012年11月8日(木)開催)のスピーチ原稿をもとに構成しています。

澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)
澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)

いまに読み解かれる日本の神話

澁川雅俊: 『朱鳥の陵』〔坂東眞砂子/集英社〕から始めます。これは小倉百人一首に「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣ほしたり天の香具山」を遺した、持統天皇にまつわる歴史小説です。史上最強と言われた女帝の権力掌握の秘密が、夢占い女を通して明らかにされます。女帝は天武天皇の姪なのですが、その夢占いの兄が、古来より伝えられていた日本の成り立ちと天皇家の系統を覚え、それを日々声を上げて語り続けることを天武帝に命ぜられていたことが挿話に書かれています。おそらく、(『古事記』編纂者と言われる)稗田阿礼の一人なのでしょう。

このようにして誦習(ショウシュウ)されてきたことを、太安万侶が初めて漢字で書き表したのが『古事記』で、712年のことでした。ですから、2012年は成立1300年にあたり、数々の関連本が出版されました。たしかに古くさい、小難しい本ですが、その中には私たちが知っている昔話の興りの物語が書かれており、意外と身近な本なのです。

『古事記』の基本的なテキストは、グレートブックス・ライブラリーに何点か配架されています。ここでは2012年に出版された新感覚の古事記本を幾つか紹介します。まず『古事記誕生「日本像」の源流を探る』〔工藤隆/中央公論新社〕は、壬申の乱の後になぜ縄文や弥生時代にまで遡る神話が国の歴史として書かれたのか、考古学での発掘調査の結果を踏まえて、中国・長江流域の神話を比較しながら大胆に推論しています。

『「古事記」神話の謎を解くかくされた裏面』〔西條勉/中央公論新社〕は、天地開闢(テンチカイビャク)からはじまる、さまざまな神話に込められた太古の国造りのメッセージを、今風に解説しています。また『古事記』がヤマトことばを文字化した最初の書物であることから、著者は漢字の日本語化について知るわかりやすい手がかりを提供しています。

なお天地開闢と言えばこんな本がありました。絵本作家が旧約聖書の天地創造の神話に挿絵を描いた『水墨創世記』〔司修/岩波書店〕です。これまでにも多くの西欧の画家たちが挿絵を施していますが、宇宙誕生の朦朧とした瞬間は、どの画家も上手く描いていません。司の水墨画はいかにも、その瞬間を表しています。

数々の漫画大賞を受賞している、こうの史代は『ぼおるぺん古事記』(天の巻、地の巻/平凡社)を描いていますが、彼女は『古事記 いのちと勇気の湧く神話』〔大塚ひかり/中央公論新社〕を絶賛しています。著者は古典エッセイストで、古代史や古典文学の研究者ではありませんが、たとえば「性と糞尿と殺戮だらけで破天荒なのに、古事記は読者を癒し、生きる力を与えてくれる」などと、原典を現代風のセンスで読んでみせてくれました。とりわけ、ヤマトタケルの物語を現代社会の‘すれ違い親子’や‘女装家’になぞらえているのは、けだし慧眼でしょう。漫画と言えば、『まんがで読む古事記』〔久松文雄/青林堂〕は2012年に全四巻で完成しています。

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