記事・レポート

2012年版 いま、気に掛かる本たち

ライブラリーフェローによる、本にまつわる話

カフェブレイクブックトーク
更新日 : 2013年02月21日 (木)

第10章 一時的でもいい、閉塞感から逃れたいときに(1)

六本木ライブラリー ブックトーク 紹介書籍

澁川雅俊: 煮詰まった、陰鬱な時に、ある人は栄光の過去に逃避し、ある人は旅に出て自分を、あるいはこの世の中を見つめ直そうとします。こんな世相だからこそなのか、ノスタルジックな話題の本やそうしたムードに浸れるような本がいやに目立ちました。

ボヘミアン的回避

‘ボヘミアン’は、定住性に乏しく、さまざまな伝統や習慣を複合的に持ち、周囲からの蔑視をものともしない人びとのことを指すようですが、それはまた一定の型にはまらない自由自在さを印象づけます。

プラハは何となくセピア色のイメージが漂う街ですが、『複数形のプラハ』〔阿部賢一/人文書院〕は建物、カフェ、広場、ショーウインドー、行き交う人びとなどなどによって醸成される都市空間の複数性と多層性を、西欧の芸術家たちの目を通して浮かび上がらせています。ライブラリーメンバーの一人で、長年プラハにアトリエを構える写真家、田中長徳の『屋根裏プラハ』〔新潮社〕は、この街の持つ狂おしいまでの魅力をアーティストの眼で書いています。

北の地方の降雪のニュースを見聞きすると、「雪のふる夜はたのしいペチカ。ペチカ燃えろよ。お話しましょ。むかしむかしよ。燃えろよ、ペチカ」などと口ずさみ、その風景を思い浮かべたりします。『白秋望景』〔川本三郎/新書館〕は大正ロマンを代表する詩人、北原白秋の評伝ですが、個人の解放そして新しい時代への理想に満ちたその時代の風潮を、しずかに語っています。白秋は叙情詩を得意としました。川本の評論を通じて、明治から戦前昭和までを逞しく生きた明治人の魂が感じ取られ、読後一時的な‘癒し’を超えるものを感じさせます。

また『山椒魚』で有名な井伏鱒二の『場面の効果』〔2012年新装改訂版〕は、半世紀前に書かれた短編小説や随筆を中心に編纂されたものです。鱒二の作品には昭和日本の世相や心情や景色が淡々と、しかし視覚的に克明に語り綴られており、白秋とは別な意味で昭和生まれの人びとをノスタルジアに誘います。

視覚的と言えば、『くすりとほほえむ元気の素 レトロなお薬袋のデザイン』〔高橋善丸/光村推古書院/2011年〕には、大正〜昭和初期〜戦後、そして昭和後期までに世に出回っていた薬袋、薬箱、景品や広告などの図版が幅広く収録されています。かつて各家庭の居間にさりげなく置かれ、独特の景色を創りだしていたレトロなたたずまい。いまでは博物館でしか見られませんが、この本の頁をめくっていくと、過ぎし日の身近な生活が思い出されます。

旅は癒しや自分探しにもってこいの行動で、ノスタルジアをも掻き立てます。『世界の街道を行く500』〔日経ナショナルジオグラフィック社〕は、それぞれの目的で自在に旅したいと願う人たちを、それぞれの場所へと誘う世界の街道を紹介します。旅には宿泊が付き物ですが、『俵屋相伝 受け継がれしもの』〔佐藤年/世界文化社〕には、三百年続いた京都の旅館のもてなしが、優雅な写真と文章で隈無く表されています。一泊数万円の旅館ですが、日本が世界に誇る名旅館で1日ゆっくり過ごせば、心の憂さはたちどころに雲散霧消することでしょう。