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日本は文化で世界に打って出る

近藤誠一文化庁長官×竹中平蔵が語る「文化と経済」

アカデミーヒルズセミナー文化政治・経済・国際
更新日 : 2011年09月06日 (火)

第6章 文化になぜ国がお金を出すのか?

竹中平蔵氏(左)近藤誠一郎氏(右)

竹中平蔵: 「文化になぜ国がお金を出すのか?」「文化というのは本来自由なものであって、国が介入すると自由がなくなるのではないか」という批判がありますが、それに対してボーモルという経済学者は「国の介入は必要だ」と言ったのです。その理由はちょっと理屈っぽくなりますが、大変面白い問題提起ですのでご紹介します。

——自動車産業は技術進歩があるから生産性がどんどん上がっていく、するとそこで働く人の給料はどんどん上がっていく。ところがアートの世界は、これまで50人でやっていたオペラを10人でできるかというと、できない。やっぱり50人でやらなければいけないので技術進歩というのは難しい。すると何が起こるかというと、片方の給料がどんどん上がっていくと、オペラの価格もどんどん高くなっていく。この状況を放っておくと、技術進歩した社会になればなるほど、アートは一握りの金持ちしか楽しめなくなる。だから、みんながアートを楽しめるようにするには国が何らかの補助をしなければいけない——というわけです。

日本の今のような財政状況では予算を要求する側も大変だと思いますが、文化庁長官としてはどんな姿を描いておられますか?

近藤誠一: 「国がなぜ文化・芸術にお金を出すのか。それは自動車産業などと比べて経済学的に見てうまく回らないからだ」ということですが、それでもなお「なぜ文化に税金を?」という質問は残ると思います。それに対しては、4つの答えがあると思っています。

1つは「個人のエンパワーメント」です。何かをクリエイトすること、それを褒め合ったり批判し合ったりして次のステップへいくことの素晴らしさ。正解はないけれどもそういうことをやる楽しさ、それで力がわいてくること。こうしたことはなかなか計量化できませんが、皆さん感じていらっしゃると思います。

2つ目は「社会的なインテグレーション」です。私がロンドンでシェークスピアの『リア王』を観たとき、リア王をむくつけき黒人が演じていました。私が抱いていたリア王のイメージとは違ったのですが、彼の見事な演技に私は引き込まれました。あとでわかったのですが、イギリス政府はブレア政権のとき、旧植民地の人たちをイギリス社会に統合するためにアートをたっぷり使ったのです。彼らは数学や経済のエリートではないし、英語にもなまりがある、でも排除することはできません。そこで彼らをインテグレートするためにアートを意識的に使ったのです。その成功例がリア王を演じた黒人だったのだと思います。

3つ目は地域振興も含めた「経済効果」です。最近クリエイティブ・インダストリーとよく言われますが、ゲームやメディアアートなど新しい文化産業が生まれつつありますし、それには経済効果もあります。

4つ目は、今の日本がまさに必要としている「国際的なイメージアップ」です。

文化にはこの4つの役割があります。だからこそ、たとえすぐには経済的結果が出なくても、政府が相当程度の支援をすべきだというのが私の持論です。

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近藤誠一×竹中平蔵が語る「文化と経済」

~日本は文化で世界に打って出る~

近藤誠一×竹中平蔵が語る「文化と経済」
近藤誠一 (元文化庁長官)
竹中平蔵 (アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学名誉教授)

近藤 誠一(文化庁長官)
竹中 平蔵(慶應義塾大学教授/アカデミーヒルズ理事長)
昨年7月に第20代文化庁長官として、外務省からの初めての起用ということで就任された近藤氏。外交官として長期に渡る海外経験から、日本を外から見てきて感じたことは、これからの国づくりにおいて、文化・芸術を柱の一つに据えなくてはいけないということでした。竹中氏が近藤長官と「これからの日本の文化と経済」について語ります。


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