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日本は文化で世界に打って出る

近藤誠一文化庁長官×竹中平蔵が語る「文化と経済」

アカデミーヒルズセミナー文化政治・経済・国際
更新日 : 2011年08月30日 (火)

第2章 戦後の経済的成功が、文化・芸術の軽視につながった

近藤誠一郎氏

近藤誠一: 客観的データと幸福度という主観に大きなギャップがあるのは、私の仮説では、戦後の「経済成長偏重」が要因です。戦後、日本は政府と民間が一丸となって経済再建にあらゆるリソースをつぎ込みました。それが大成功を収めて『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われるまでになり、有頂天になったがゆえに「経済成長こそ国の力、人々の幸福度を測る尺度である」という認識が定着してしまったのではないでしょうか。

本来、経済的な繁栄というのは、人々が心豊かな生きがいのある生活をするための条件整備にすぎないと思います。あした食べるものがない、今晩寝るところがないというのでは心豊かな生活は送れませんから、そういう意味では経済的な繁栄を否定するつもりはありません。しかし心豊かにしてくれるものは、お金でも安全でもないと思います。自分の感動を表現する、人が表現したものに共感することで、生きることへの意味や人との連帯の素晴らしさを感じ、困難を乗り越える力や明日への夢が生まれてくるわけで、そういうものを与えてくれる文化・芸術というものが我々の心を豊かにしてくれるのだと思います。

それが経済成長一辺倒できて、いつの間にか経済成長することが目的になってしまった結果、「文化・芸術の軽視」がおきたのです。それを示す3つのデータをご紹介します。

【1】公的な支出、つまり政府や地方自治体などの政策において、文化・芸術への予算配分が主要国に比べて非常に低い。

「国家予算に占める文化予算の比率」(文化庁調べ2009)では、フランスが0.81%、韓国が0.73%、それに比べて日本は0.12%とかなり低くなっています。アメリカは0.03%ですが、GDPに対する寄附金額の割合が高くて1.67%です(日本は0.13%)。フランスや韓国は政府が文化の面倒をみていて、アメリカは寄附で成り立っている、けれど日本は残念ながらどちらもお粗末と言わざるを得ません。また、日本の「地方の財政における文化関係経費」は、この15年間減り続けています。

【2】社会によるサポート(寄附)が極めて乏しい。

「公益社団法人 企業メセナ協議会」の資料によれば、日本のメセナ活動は20年前に始まったばかりで、少しずつ寄附金額は増えてきたけれども、最近は下降傾向か横ばいです。

【3】個人の生活の中で文化・芸術に費やす時間が少ない。

「1日にどの程度の時間をレジャーに費やすか」というOECDのデータによると、日本は18カ国中、メキシコに次いでレジャーに費やす時間が少なく、しかも睡眠時間も韓国に次いで少ないのです。日本人はレジャーを控え、睡眠時間をカットしてまで働いているとしか思えません。

こうして見ると日本は、「政府と地方自治体は文化をあまり振興しない」「企業は文化・芸術に金を出さない」「そして個人は文化・芸術に触れる機会を持とうとしない」という世界の中でも珍しい国のような気がいたします。

それで満足しているのかというと、「幸福度」は90位ですし、内閣府の「国民生活に関する世論調査」によれば、心の豊かさと物質的な豊かさのどちらを求めるかという割合は、高度成長期は相半ばしていましたが、次第に「物質的な豊かさ」よりも「心の豊かさ」を求める割合が増えてきています。従って文化・芸術をもっと楽しみたいという気持ちはどんどん高まっているのだと思います。

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該当講座

近藤誠一×竹中平蔵が語る「文化と経済」

~日本は文化で世界に打って出る~

近藤誠一×竹中平蔵が語る「文化と経済」
近藤誠一 (元文化庁長官)
竹中平蔵 (アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学名誉教授)

近藤 誠一(文化庁長官)
竹中 平蔵(慶應義塾大学教授/アカデミーヒルズ理事長)
昨年7月に第20代文化庁長官として、外務省からの初めての起用ということで就任された近藤氏。外交官として長期に渡る海外経験から、日本を外から見てきて感じたことは、これからの国づくりにおいて、文化・芸術を柱の一つに据えなくてはいけないということでした。竹中氏が近藤長官と「これからの日本の文化と経済」について語ります。


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