記事・レポート
日本は文化で世界に打って出る
近藤誠一文化庁長官×竹中平蔵が語る「文化と経済」
アカデミーヒルズセミナー文化政治・経済・国際
更新日 : 2011年09月05日
(月)
第5章 文化予算の公平な配分は可能か?
竹中平蔵: 日本人が経済成長の中で文化を軽視してきたというのは、全くその通りだと思います。けれど、日本人は文化に興味はあると思うのです。例えば旅行でニューヨークに行くと、オペラを観たり美術館を訪れたりする日本人は非常に多い。ところが日本国内では生活の中に文化が入っていなくて、日本のオーケストラは採算が成り立たなくて困っているわけです。ニューヨークフィルには行くけれど、東京のフィルには行かないという、ちょっとねじれた日本人のアートに対する姿勢を、近藤さんはどんなふうに解釈しておられますか。
近藤誠一: それは恐らく、日本の社会制度や職場環境には「働いている以上は深夜まで残業して徹底的に稼がなければいけない。それが男の、あるいはキャリアウーマンの歩く道だ」という意識がまだまだ強いので、「きょうは音楽会に行くので、6時に失礼します」とは言えない雰囲気があるのではないでしょうか。ニューヨークに行くと日本の社会の束縛から逃れられるので、のびのびと「きょうはコンサートだ、ミュージカルだ」と弾かれたように芸術を楽しめるのでしょう。「余暇=悪いこと、後ろめたいこと」という社会心理が働いている以上は、なかなか今の状況は解けないと思います。
竹中平蔵: 1990年代に日本はかなりの文化予算を使ったのですが、何に使ったかというと、箱物をつくったんです。一番公共事業をやっていた時期では、ホールは年間100館、つまりだいだい1週間で2館、美術館は年間25館、2週間で1館つくられていました。
そのあと何が起こったかというと、予算を減らさざるを得なくなり、今は運営費がなくて使わないままになっている施設が相当あります。オペラをやったことがないオペラハウスなどができているということです。これは近藤長官の力でどんどん変えていっていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
近藤誠一: 先ほどレストランの例を上げましたが、まさに90年代、レストランという箱をいっぱいつくったんですね。けれどそれとシェフをつなぐアートマネジャーがいなかったということです。ですからそういう人を養成することにお金を使うべきです。
今の民主党政権は「コンクリートより人へ」と言っていますが、建物ではなくて、それをマネージする人、ハードからソフトに思いきったシフトをしていくことで、これから育っていく人たちが文化・芸術を生活の一部にしていくような下地ができていくことになるでしょう。
竹中平蔵: 「コンクリートから人へ」というのは方向として正しいと私も思いますし、ぜひそういうことを行政に活かしていっていただきたいのですが、敢えてもう1つ。
公金の予算をつける場合は何らかの客観性が求められますが、文化というのは主観の世界ですので国が予算をつけるというのはなかなか難しいわけです。では現状はどうなっているかというと、例えば伝統芸能の保存のために文化庁が予算を使うとき、結果的に見ると、今の家元の子どもに対して留学資金を出している傾向がかなりあります。官僚の心理として、やっぱり無難なところにお金をつけてしまうわけです。
こうしたことが積み重なると、文化というものがすごく排他的になってしまいます。一部の人だけがその文化を担って、ほかの人たちは遠くで見ているだけで、たまに高い料金を払って観に行くことになりますから。こうした壁はぜひ越えていかなければいけないと思うのです。
近藤誠一: 同感です。予算配分については、例えば文化財であれば「どのお寺のどの仏像が傷んでいる。こっちのほうが優先だ」というのは割と振り分けやすいのですが、この劇団とこのバレー団とこのオーケストラが支援を必要としている、限られた予算をどこに振り分ければいいのか——というのは文化庁に2年や3年いただけではわかりませんよね。そうすると、どうしても実績があるところ、名が通っているところを選ぶようになります。予算をつけた団体が後で潰れてしまったりスキャンダルを起こしたりすれば、こちらの責任が問われるのでどうしてもディフェンシブになるのです。
それを避けるために、イギリスでは「アーツ・カウンシル」という中立的な専門家のグループをつくり、そのグループが文化庁や外務省の文化交流予算をどう使ったらいいかや、この分野ならどこがいいかといったことを決めて、さらには追跡調査もして成果があがったかどうかを見て、また次の予算配分にフィードバックするようにしたのです。この「アーツ・カウンシル」の初代会長はだれだと思いますか?
竹中平蔵: 首相でしょうか?
近藤誠一: ジョン・メイナード・ケインズです。経済学者の彼が初代会長なんです。
竹中平蔵: わぁ、ケインズ! 彼は大変な美術収集家だったんですよね。奥さんがバレリーナで、バレーの支援もして。ああ、ケインズがそうですか。
近藤誠一: それは恐らく、日本の社会制度や職場環境には「働いている以上は深夜まで残業して徹底的に稼がなければいけない。それが男の、あるいはキャリアウーマンの歩く道だ」という意識がまだまだ強いので、「きょうは音楽会に行くので、6時に失礼します」とは言えない雰囲気があるのではないでしょうか。ニューヨークに行くと日本の社会の束縛から逃れられるので、のびのびと「きょうはコンサートだ、ミュージカルだ」と弾かれたように芸術を楽しめるのでしょう。「余暇=悪いこと、後ろめたいこと」という社会心理が働いている以上は、なかなか今の状況は解けないと思います。
竹中平蔵: 1990年代に日本はかなりの文化予算を使ったのですが、何に使ったかというと、箱物をつくったんです。一番公共事業をやっていた時期では、ホールは年間100館、つまりだいだい1週間で2館、美術館は年間25館、2週間で1館つくられていました。
そのあと何が起こったかというと、予算を減らさざるを得なくなり、今は運営費がなくて使わないままになっている施設が相当あります。オペラをやったことがないオペラハウスなどができているということです。これは近藤長官の力でどんどん変えていっていただきたいと思うのですが、いかがでしょうか。
近藤誠一: 先ほどレストランの例を上げましたが、まさに90年代、レストランという箱をいっぱいつくったんですね。けれどそれとシェフをつなぐアートマネジャーがいなかったということです。ですからそういう人を養成することにお金を使うべきです。
今の民主党政権は「コンクリートより人へ」と言っていますが、建物ではなくて、それをマネージする人、ハードからソフトに思いきったシフトをしていくことで、これから育っていく人たちが文化・芸術を生活の一部にしていくような下地ができていくことになるでしょう。
竹中平蔵: 「コンクリートから人へ」というのは方向として正しいと私も思いますし、ぜひそういうことを行政に活かしていっていただきたいのですが、敢えてもう1つ。
公金の予算をつける場合は何らかの客観性が求められますが、文化というのは主観の世界ですので国が予算をつけるというのはなかなか難しいわけです。では現状はどうなっているかというと、例えば伝統芸能の保存のために文化庁が予算を使うとき、結果的に見ると、今の家元の子どもに対して留学資金を出している傾向がかなりあります。官僚の心理として、やっぱり無難なところにお金をつけてしまうわけです。
こうしたことが積み重なると、文化というものがすごく排他的になってしまいます。一部の人だけがその文化を担って、ほかの人たちは遠くで見ているだけで、たまに高い料金を払って観に行くことになりますから。こうした壁はぜひ越えていかなければいけないと思うのです。
近藤誠一: 同感です。予算配分については、例えば文化財であれば「どのお寺のどの仏像が傷んでいる。こっちのほうが優先だ」というのは割と振り分けやすいのですが、この劇団とこのバレー団とこのオーケストラが支援を必要としている、限られた予算をどこに振り分ければいいのか——というのは文化庁に2年や3年いただけではわかりませんよね。そうすると、どうしても実績があるところ、名が通っているところを選ぶようになります。予算をつけた団体が後で潰れてしまったりスキャンダルを起こしたりすれば、こちらの責任が問われるのでどうしてもディフェンシブになるのです。
それを避けるために、イギリスでは「アーツ・カウンシル」という中立的な専門家のグループをつくり、そのグループが文化庁や外務省の文化交流予算をどう使ったらいいかや、この分野ならどこがいいかといったことを決めて、さらには追跡調査もして成果があがったかどうかを見て、また次の予算配分にフィードバックするようにしたのです。この「アーツ・カウンシル」の初代会長はだれだと思いますか?
竹中平蔵: 首相でしょうか?
近藤誠一: ジョン・メイナード・ケインズです。経済学者の彼が初代会長なんです。
竹中平蔵: わぁ、ケインズ! 彼は大変な美術収集家だったんですよね。奥さんがバレリーナで、バレーの支援もして。ああ、ケインズがそうですか。
日本は文化で世界に打って出る インデックス
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第1章 日本は経済・社会では世界トップクラス。でも幸福度は90位
2011年08月29日 (月)
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第2章 戦後の経済的成功が、文化・芸術の軽視につながった
2011年08月30日 (火)
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第3章 日本人が気づいていない「日本の宝」
2011年09月01日 (木)
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第4章 日本再生に必要な3つの改革
2011年09月02日 (金)
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第5章 文化予算の公平な配分は可能か?
2011年09月05日 (月)
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第6章 文化になぜ国がお金を出すのか?
2011年09月06日 (火)
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第7章 地域活性化のカギは「文化と観光」~成功例と今後の課題~
2011年09月08日 (木)
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第8章 これからの「文化」の話をしよう
2011年09月09日 (金)
該当講座
近藤誠一×竹中平蔵が語る「文化と経済」
~日本は文化で世界に打って出る~
近藤 誠一(文化庁長官)
竹中 平蔵(慶應義塾大学教授/アカデミーヒルズ理事長)
昨年7月に第20代文化庁長官として、外務省からの初めての起用ということで就任された近藤氏。外交官として長期に渡る海外経験から、日本を外から見てきて感じたことは、これからの国づくりにおいて、文化・芸術を柱の一つに据えなくてはいけないということでした。竹中氏が近藤長官と「これからの日本の文化と経済」について語ります。
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