記事・レポート

六本木アートカレッジ・オープニングセッション
アートとスポーツの不思議な関係

競争の向こう側にあるもの:為末大×竹中平蔵

更新日 : 2015年07月29日 (水)

第4章 アートとスポーツにまつわる楽しさと自由さ

竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学総合政策学部教授 グローバルセキュリティ研究所所長)
竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学総合政策学部教授 グローバルセキュリティ研究所所長)

 
スポーツと体育の違い

竹中平蔵: 今回、私は為末さんに「これだけは聞きたい」という質問がありました。それは、スポーツと体育の違いです。私は、昔からスポーツは大好きですが、体育の授業は大嫌いでした。日本では、体育の授業を通じてスポーツを嫌いになる人が結構多いそうです。

同じことは、アートにも言えるでしょう。子どもの頃、音楽の授業でクラシックを聞かされ、よく分からず、面白くないと感じてしまい、以来クラシックを聞かなくなったという人も多いと思います。まずは、スポーツと体育との違いについてお話しいただけませんか?

為末大: 日本のスポーツの中で、世界的に優秀な成績を収めてきた競技をいくつかあげると、体操、シンクロナイズドスイミング、フィギュアスケートがあると思います。繰り返し練習して身につけた型を本番でも同じように表現する、という競技です。一方で、その時にならなければ何が起きるか分からないという競技もあり、その代表がサッカーです。練習の成果を発揮する点では同じですが、瞬間ごとの動きはアドリブの要素が非常に多くなります。日本人の場合、前者の「練習して身につけた型を本番でも同じように表現する」競技が圧倒的に強い気がします。僕は、このあたりに体育的な文化との関係があるように思います。

体育の授業は、指導要領で正しいプロセスが定められており、それをきちんと遂行できれば、優秀という評価がもらえます。即興性やクリエイティビティは求められておらず、むしろ、そうしたものは減点の対象になる。僕としては、決められたことをその通りに遂行するのが体育的世界観、何かを表現したいという自発的な欲求に突き動かされ、成功や失敗を重ねる中で自ら工夫していくのがスポーツ的世界観だと感じています。

才能の見つけ方、育て方

竹中平蔵: お話を聞いていると、ある程度の制限はありながらも、そこに自由度があるかどうかが、スポーツと体育の違いのように感じました。例えば、日本の公園には鉄棒やジャングルジムなどの遊具が置かれていますが、そこには必ずルールがあり、自由に遊ぶことができない。私は米国に長く暮らしましたが、公園に行くと芝生がどこまでも生い茂っており、誰もが好きなように体を動かしていました。

一方で、旧共産主義圏では優秀なアスリートを育てるために、子どもの頃から徹底的に指導していました。たしかに才能は開花し、金メダルを獲れるかもしれませんが、これでは本人も観る人もスポーツ本来の楽しさは感じられないはずです。

自由というキーワードは、アートにも共通するように思います。例えば、高校の音楽の授業で、自分の好きなレコードを持ち寄り、みんなで聴いてコメントし合うという授業がありました。その授業は本当に楽しくて、いまでもよく覚えています。しかし、一般的な音楽の授業では、先生が「立派な作曲家の曲だから聴きなさい」と、有無を言わさず200年前に作られたクラシックを流す。すると、興味のない生徒は一瞬で寝てしまいます(笑)。

また、スポーツには「教える」「気づかせる」という2つのアプローチがあるようにも感じました。その違いが、体育とスポーツの違いにも関係しているように思います。

為末大: それは非常に本質的な問いですね。1つのエピソードとして、野球のイチロー選手と仰木彬監督の話があります。イチロー選手がオリックスに入団した当時、コーチ陣は打撃の基本から大きく外れた「振り子打法」を見て、「こんなおかしな打ち方では、ヒットは打てない」と、矯正しようとしたそうです。しかし、仰木監督だけは「このままでいい」と判断し、試合で使い続けた。その結果、イチロー選手の才能が開花したと言われています。

日本の体育的世界観のアプローチは、凡人を秀才にするには非常に効果的です。定められた型を繰り返し練習すれば、誰もがそれなりのレベルに到達できるからです。しかし、イチロー選手のように型にはまらないような選手は、「開眼」という表現があるように、自ら気づくというか、天賦の才が開花する瞬間が大切になります。しかし、日本ではそれ以前の段階で矯正されることが多く、才能が開花しないという残念な状況も生じていると思います。

そもそも、スポーツもアートも、最初は純粋に「楽しい」から始めたはずです。僕は小さい頃、誰よりも速く走れば周りの人が驚いてくれる、それが嬉しかったから陸上選手になりました。アーティストの場合も、自分の思いを表現したいという強い欲求に突き動かされ、作品を生み出すのだと思います。こうした人を誰がどのように守り、育てていくのか? それもスポーツ、アート双方の大きな課題だと感じています。



該当講座


六本木アートカレッジ 【オープニングトーク】 スポーツはアートか? ~“美しく走る”ということ~
六本木アートカレッジ 【オープニングトーク】 スポーツはアートか? ~“美しく走る”ということ~

スポーツには、勝敗が付きものですが、芸術性も重要な要素です。
「競争」と「美しさ」は共存するのか?今までとは違う視点でスポーツと
アートを読み解きます。


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