記事・レポート

六本木アートカレッジ・オープニングセッション
アートとスポーツの不思議な関係

競争の向こう側にあるもの:為末大×竹中平蔵

更新日 : 2015年07月22日 (水)

第3章 アートとスポーツに共通する問い


 
アスリートが選ぶ2つの道

為末大: スポーツの世界では、頂点を目指す上で大きく2つの道があります。最初から決まっているものではなく、成長する過程において選手の感覚の中で自然と2つの道に分かれていきます。

1つは、自分を未完成の状態だと考え、あらゆる要素を完全に吸収しようとするタイプです。現在の状態は完璧ではないから、様々な要素を足していくことで、より完璧な競技力を身につけていくというアプローチです。トレーニング方法や食事など、良いと思うものを貪欲に吸収することで成長を目指すわけです。

もう1つは、「完璧な動き方は、すでに自分の体が知っている」という考えに基づき、余計なものを引き算する、削ぎ落としていくタイプです。人生の前半でついてしまった悪い癖が、自分の競技力の向上を阻害していると考え、本来の自然な動きを取り戻そうとするアプローチです。ちなみに、現役時代の僕もこちらのアプローチでした。

陸上競技の目的は、誰よりも速く自分の体をスタートからゴールまで運ぶこと。この目的を達成する上で2つのアプローチがあり、選手はどちらかの道を選択することになります。そうなると、次のような問いが生まれます。例えば、アスリートは美しい動き方をするからこそ速く走れるのか? それとも、速く走ろうとすればするほど美しくなっていくのか? この問いは、どこかアートにも通じるように感じます。

アートと経済の関係

為末大: 先ほど、控え室で竹中先生とお話ししていた際、面白いキーワードが飛び出しました。それはアートと経済の関係です。このキーワードからどのような問いが成り立つのか?

例えば、アートの「価値」については、どう測ればいいのか? オークションでは、それまで誰ひとり見向きもしなかった絵が、10億円と言われた瞬間、ものすごい価値がつきます。ゴッホの絵も生前はまったく評価されていなかったそうですが、その当時、ゴッホの絵は本当に価値がなかったのでしょうか。アートの価値とは、多数決で決まるものなのか。それとも、誰か偉い人がお墨付きを与えることで成り立つものなのか。そのあたりは僕自身も、なかなか答えを見つけ出せません。

もう1つ考えてみたいのは、パトロンとアーティストの関係です。お金持ちが資金を提供し、衣食住の面倒を見ることでアーティストの才能を伸ばしていく行為は、古くから行われていました。実は、スポーツの世界も似たような傾向があり、大相撲の「タニマチ」文化、アスリートの後援会、あるいはスポンサーのようなパトロン的存在がいます。

とはいえ、この関係が強く、深くなりすぎると、パトロンの意向に逆らえない状況も生まれてしまいます。そうなった時、アスリートやアーティストは、パトロンの意向に添うことで、結果としてパフォーマンスが最大化しなくなってしまう、あるいは、本来の目的から目線がずれてしまうといったことも生じます。このパトロンとの関係も、スポーツ、アートに共通する問いになると思います。
「一回性」から生まれる問い

為末大: 僕が感じているアートとスポーツの最大の共通点は、「一回性」です。その瞬間でしか作り出せない表現、その瞬間でしかできない動き、そうしたものがあるからこそ、感動や歓喜が生まれるのだと思います。

僕にとっての「会心のレース」は、人生で3回あります。さらに、その3回も明確な順位分けがなされており、第1位のレースは27歳、世界選手権で2度目の銅メダルを獲得した時です。以後、引退するまでの7年間は、その時の感覚を再び味わいたい一心で、必死に練習を重ねました。しかし、二度とその感覚を味わえないまま、34歳で引退しました。

一回性からさらに一歩進むと、こんな問いも生まれます。その瞬間にしか出せない人間の表現とは、自分の中から発露するものなのか? それとも、その場の状況が表現させているのか?例えば、バラを見て「美しい」と思ったアーティストが絵を描いた時、それはアーティストが絵を描いたのか、それともバラがアーティストに絵を描かせたのか?

陸上競技であれば、「絶対に世界記録を出す!」という強い意志を持って走るからこそ記録が生まれるのか、それとも、会場の雰囲気があるからこそ記録が生まれるのか? あるいは、ひたすらに無心のまま走るからこそ記録が生まれるのか? 僕は現役時代の終盤、どのアプローチが最高のパフォーマンスに近づく方法なのかを常に考えていました。

止めどもなく様々な問いをあげてきましたが、僕の頭にはいま、たくさんの?マークが浮かんでいる状態です。後ほど竹中先生や皆さんと話していく中で、答えを見つけていきたいと思っています。


該当講座


六本木アートカレッジ 【オープニングトーク】 スポーツはアートか? ~“美しく走る”ということ~
六本木アートカレッジ 【オープニングトーク】 スポーツはアートか? ~“美しく走る”ということ~

スポーツには、勝敗が付きものですが、芸術性も重要な要素です。
「競争」と「美しさ」は共存するのか?今までとは違う視点でスポーツと
アートを読み解きます。


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