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石井裕:理念駆動~タンジブル・ビッツからラディカル・アトムズへ
MIT Media Lab CREATIVE TALKより

時代を超えるビジョンが、独創未来を創る

キャリア・人グローバル
更新日 : 2014年01月16日 (木)

第5章 インスパイアの連鎖反応を起こす

石井裕(MITメディアラボ副所長、TTTコンソシーム・コディレクター、タンジブル・メディア・グループ・ディレクター、Jerome B. Wiesner Professor of Media Arts

 
音楽や天気予報の小瓶

石井裕: 「musicBottles」という、ミニマル・デザインを追求した作品があります。空の透明なガラス製の小瓶があり、ふたを開けると、デジタル情報として組み込まれたジャズやクラシックなどの音楽が流れ始める。これは香水の小瓶に代表されるように、人類が長い時間のなかで獲得してきたコンテイナーのメタファーです。それをベースに、シンプルな小瓶から、デジタル世界へと容易にアクセスできる作品を作りたいと考えました。

この作品を制作したのは、私の母に天気予報が入った青い小瓶をプレゼントとしたい、という夢が原点です。朝起きたとき、枕元にある小瓶のふたを開け、小鳥のさえずりが聞こえると晴れ、雨の音なら雨天と教えてくれる。しかし母は1998年に亡くなり、夢は叶いませんでした。

母はこれまで、私のために何千回も食事を作ってくれました。キッチンに立つ母が醤油の瓶を開けると、その香りが漂ってくる。彼女がいたキッチンの温かく懐かしい香りがメタファーなのです。慣れ親しんだメタファーを使うことで、母のように、コンピュータ・テクノロジーとは無縁の世界を生きた人でも、容易に様々な情報にアクセスできる方法を生み出したい。それが私のモチベーションでした。

musicBottlesは、薬の服用をリマンドするGlowCapという製品へと発展しました。高齢になると、1日にたくさんの薬を服用しますが、数が多過ぎて、服用のタイミングを覚えることが困難になります。米国では処方された薬のうち、50%は服用されずに捨てられていると言われています。この小瓶を通して、どの時間に何の薬を服用するのかを知らせる。服用のパターンを、医師や薬局、家族に連絡するツールとなる。こうしたことにより、医療費の削減にもつながります。

ペインティングの新たな次元

石井裕: ペインティングをテーマにした「I/O Brush」という作品があります。たとえば、白い毛並みの愛犬がいたとする。その白い色の持つ情緒的意味は、RGBのカラーデータでは再現できません。エモーショナルな思い入れ、物語があるからです。I/O Brushは、そうしたストーリー、エモーショナルなバリューを、あらゆる筆致に埋め込むことができます。小型カメラと光源、タッチセンサーなどが内蔵されたブラシを使い、我々を取り巻く、美しいもの、大切な物の色やテクスチャー、動きをキャプチャーし、スクリーン上でそれを絵の具として、ダイナミックに描き出すことができるのです。

I/O Brushは、人々のクリエイティブなマインドを刺激し、創作へとかきたてるものです。市場に行くと、野菜や果物が売られています。ただそれを買って食べるのではなく、美しいカラーパターンにインスパイアされ、それらの色を使った新しいクリエーションを行う。創造の連鎖につながるインスパイアの体験を、私たちはデザインしていきたいと考えています。

通常のペインティングは、単に2次元の表面に死んだインクが貼り付いているものです。しかし、I/O Brushは、それを超えました。すべての色はそのoriginの情報とともにキャプチャされ、動きも伴います。その新しい絵の具を使って、新しい芸術作品を創出できる。従来の絵画という表現方法では成し得なかった、ペインティングの新しい次元です。

I/O Brushを幼稚園に持っていきました。子どもたちは、あらゆるものにブラシを当て、我々大人が思いもよらなかった新しい絵画を生み出してくれました。私たちにとり、最も嬉しい瞬間でした。

“The world as the palette”とは、I/O Brushを開発した了戒公子氏の博士論文のタイトルです。I/O Brushを経験すると、知らないうちに“新しい眼鏡”をかけている。その眼鏡を通して世界を見ると、世界の見え方が一変し、世界は美しいパターンやテクスチャーに満ちあふれていることに気がつきます。このブラシを使い、どのような芸術表現をしようかと考えると、どきどきしてくる。世界に対する認識を変え、クリエーションのスイッチをオンにする。それが私たちの目指すインタラクション・デザインです。



石井裕:理念駆動~タンジブル・ビッツからラディカル・アトムズへ
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該当講座

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石井裕 (MITメディアラボ副所長、TTTコンソシーム・コディレクター、タンジブル・メディア・グループ・ディレクター、Jerome B. Wiesner Professor of Media Arts and Sciences)
林千晶 (株式会社ロフトワーク 代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)

石井 裕(MITメディアラボ副所長)
林 千晶(㈱ロフトワーク代表取締役/MITメディアラボ所長補佐)
MITメディアラボとアカデミーヒルズがコラボレーションしてお届けする"CREATIVE TALK" シリーズ第3回は、副所長の石井氏にお越しいただきます。メディア・アート、インタラクション・デザイン、そしてサイエンス・コミュニティーにおいて、石井氏らが発表してきた多様なプロジェクト例を紹介しながら、「タンジブル・ビッツ」から「ラディカル・アトムズ」へと至るビジョン駆動研究の発展の軌跡を描写します。


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