記事・レポート
福原義春氏が語る「未来をつくるイノベーションのための文化資本」
VISIONARY INSTITUTE - 2010 Seminar
BIZセミナー文化教養
更新日 : 2011年02月18日
(金)
第5章 これからの日本の文化政策に求められるもの
福原義春: 先日、経産省の審議会の専門部会に呼ばれ、政府が唱える新成長戦略である「今、アジアや欧米でクール・ジャパンとして評価されている日本のJポップスやアニメ、ゲームなどのコンテンツを産業として拡大し、経済成長戦略に盛り込む文化産業戦略を考える」という議論に参加しました。私は、「その狙いは理解するが、文化を安直に産業化し、日本の経済成長の柱とする考えには与しない」と申し上げました。そして、文化の経済化や産業の文化化の前例をお話ししました。
文化政策を国家の中心に据えて政策を展開した最初の近代政治家は、フランス第五共和政の初代大統領、シャルル・ド・ゴールです。1940年、ナチスドイツの侵攻によってパリが陥落すると、ロンドンに亡命したド・ゴールは、BBCラジオを通じて「フランスは1つの戦いに負けた、しかし戦争には負けていない」とフランス国民に呼びかけました。この放送は休戦条約で打ちのめされていたフランス国民に勇気を与えたと言われています。これがフランスを戦勝国の一員に加える結果になったのです。
その後、大統領に就任したド・ゴールは、レジスタンス運動の盟友、アンドレ・マルローを文化問題担当省の初代大臣に任命。この省はのちに文化省と改称されます。国家政策として文化を重んじるコンセプトは、ずっと後年、ミッテラン内閣時代のジャック・ラング文化大臣による「文化に財政の1%を当てる」という政策にも続いています。ド・ゴールとマルローの登場が、文化国家としてのフランスの誕生なのです。彼らの政策は、結果として文化で国民を結束させ、勇気づけたのです。
ド・ゴールとアンドレ・マルローによる文化政策のコンセプトは、「過去の才能を生き返らせ、今日の才能に生命を与え、世界の才能を受け入れることで、フランスの夢をかなえる」というものでした。これは、きょう私が言いたいことのすべてでもあります。ピカソも三宅一生もコム・デ・ギャルソンもみんな外国から来て、フランスで生命を与えられた。それがまたフランスの生命になっているのです。
別な方法で文化を経済化したのは、アメリカです。米国は20世紀のコンテンツ産業の覇者になったのですが、その背景には、1930年代に起きた世界大恐慌時のルーズベルトのニューディール政策があります。この政策ではTVA(テネシー川流域開発公社)の巨大ダム建設など一連の公共事業が有名ですが、それらと並んで1935年に芸術文化支援策「フェデラル・ワン」がスタートしています。
「フェデラル・ワン」には連邦美術計画、連邦音楽計画、連邦劇場計画、連邦作家計画、そして歴史記録調査という5つのプロジェクトがあったそうです。その劇場計画によって国から経済的な支援を受けて、オーソン・ウェルズやアーサー・ミラーなど、後にアメリカ文化の大立者になる人たちがたくさん登場したのです。
当時、全体主義化するヨーロッパから逃れてきた難民がいましたが、彼らはヨーロッパ的な教養を持っていて、それを自分たちの活動に発揮しました。そうしてヨーロッパから来た古典文化を基礎とする教養と、米国の資本が合体して、新しい米国の大衆文化が生まれたのです。そのソフトパワーは飛躍的に拡大し、ブロードウェイミュージカルやハリウッド映画などの文化芸術産業の繁栄と、莫大な経済効果を生み出したのです。
ここで大事なのは、「ニューディールの文化政策を背景にして、ハリウッドが花開いた」ということです。ニューディール政策はハリウッドをつくるために行われた政策ではありません。ニューディール政策で育てられたアーティストが、“結果として”ハリウッドで活躍することになったのです。
ハリウッドは世界恐慌で疲弊した米国に莫大な経済効果をもたらしたことはもちろんですが、もっと大きな効果ももたらしました。それは『市民ケーン』『カサブランカ』『12人の怒れる男』『ケイン号の叛乱』などの社会派映画がヒットしたことで、アメリカ的民主主義が映画を通じて世界に伝播したことです。つまり、アメリカの国力と思想がハリウッドによって世界に宣伝され、ついには世界の冷戦終結にまで至ったと私は考えます。実はこれこそが、ニューディール政策の非常に大きな効果だったのではないでしょうか。
日本もいずれはきちんとした文化政策をつくらなければならないと思いますが、ゴールを示して文化政策をつくるのでは全く意味がないのです。「結果として大きな文化生産物ができる」、しかも「そうしたことができるようなリーダーを育てる」必要があると思います。
文化政策を国家の中心に据えて政策を展開した最初の近代政治家は、フランス第五共和政の初代大統領、シャルル・ド・ゴールです。1940年、ナチスドイツの侵攻によってパリが陥落すると、ロンドンに亡命したド・ゴールは、BBCラジオを通じて「フランスは1つの戦いに負けた、しかし戦争には負けていない」とフランス国民に呼びかけました。この放送は休戦条約で打ちのめされていたフランス国民に勇気を与えたと言われています。これがフランスを戦勝国の一員に加える結果になったのです。
その後、大統領に就任したド・ゴールは、レジスタンス運動の盟友、アンドレ・マルローを文化問題担当省の初代大臣に任命。この省はのちに文化省と改称されます。国家政策として文化を重んじるコンセプトは、ずっと後年、ミッテラン内閣時代のジャック・ラング文化大臣による「文化に財政の1%を当てる」という政策にも続いています。ド・ゴールとマルローの登場が、文化国家としてのフランスの誕生なのです。彼らの政策は、結果として文化で国民を結束させ、勇気づけたのです。
ド・ゴールとアンドレ・マルローによる文化政策のコンセプトは、「過去の才能を生き返らせ、今日の才能に生命を与え、世界の才能を受け入れることで、フランスの夢をかなえる」というものでした。これは、きょう私が言いたいことのすべてでもあります。ピカソも三宅一生もコム・デ・ギャルソンもみんな外国から来て、フランスで生命を与えられた。それがまたフランスの生命になっているのです。
別な方法で文化を経済化したのは、アメリカです。米国は20世紀のコンテンツ産業の覇者になったのですが、その背景には、1930年代に起きた世界大恐慌時のルーズベルトのニューディール政策があります。この政策ではTVA(テネシー川流域開発公社)の巨大ダム建設など一連の公共事業が有名ですが、それらと並んで1935年に芸術文化支援策「フェデラル・ワン」がスタートしています。
「フェデラル・ワン」には連邦美術計画、連邦音楽計画、連邦劇場計画、連邦作家計画、そして歴史記録調査という5つのプロジェクトがあったそうです。その劇場計画によって国から経済的な支援を受けて、オーソン・ウェルズやアーサー・ミラーなど、後にアメリカ文化の大立者になる人たちがたくさん登場したのです。
当時、全体主義化するヨーロッパから逃れてきた難民がいましたが、彼らはヨーロッパ的な教養を持っていて、それを自分たちの活動に発揮しました。そうしてヨーロッパから来た古典文化を基礎とする教養と、米国の資本が合体して、新しい米国の大衆文化が生まれたのです。そのソフトパワーは飛躍的に拡大し、ブロードウェイミュージカルやハリウッド映画などの文化芸術産業の繁栄と、莫大な経済効果を生み出したのです。
ここで大事なのは、「ニューディールの文化政策を背景にして、ハリウッドが花開いた」ということです。ニューディール政策はハリウッドをつくるために行われた政策ではありません。ニューディール政策で育てられたアーティストが、“結果として”ハリウッドで活躍することになったのです。
ハリウッドは世界恐慌で疲弊した米国に莫大な経済効果をもたらしたことはもちろんですが、もっと大きな効果ももたらしました。それは『市民ケーン』『カサブランカ』『12人の怒れる男』『ケイン号の叛乱』などの社会派映画がヒットしたことで、アメリカ的民主主義が映画を通じて世界に伝播したことです。つまり、アメリカの国力と思想がハリウッドによって世界に宣伝され、ついには世界の冷戦終結にまで至ったと私は考えます。実はこれこそが、ニューディール政策の非常に大きな効果だったのではないでしょうか。
日本もいずれはきちんとした文化政策をつくらなければならないと思いますが、ゴールを示して文化政策をつくるのでは全く意味がないのです。「結果として大きな文化生産物ができる」、しかも「そうしたことができるようなリーダーを育てる」必要があると思います。
福原義春氏が語る「未来をつくるイノベーションのための文化資本」 インデックス
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第1章 一度途絶えた文化は元には戻らない
2011年02月14日 (月)
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第2章 なぜ企業に文化が必要なのか
2011年02月15日 (火)
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第3章 カネやモノだけでは、心は満たされない
2011年02月16日 (水)
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第4章 経済一辺倒の日本の優位性は失われた
2011年02月17日 (木)
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第5章 これからの日本の文化政策に求められるもの
2011年02月18日 (金)
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第6章 日本は外国文化の衝撃を新たな力に変えて発展した
2011年02月21日 (月)
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第7章 日本に必要なのはリノベーションではなく、イノベーション
2011年02月22日 (火)
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第8章 その土地に暮らす人々が楽しんでいるもの、それこそが文化
2011年02月23日 (水)
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第9章 再び、誇りと自信のある国になるために
2011年02月24日 (木)
該当講座
福原義春 (株式会社資生堂 名誉会長)
福原義春(㈱資生堂 名誉会長)
未来の日本創造になくてはならないこと、イノベーションのために私達が一度立ち止まって考え抜かなくてはならない、私達の文化資本の本質についてお話いただきます。
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