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鹿島茂の「近代文学を創り上げた編集力」

~あなたは文学をここまで読み解けますか?

更新日 : 2009年12月18日 (金)

第4章 為政者は人間の欲望をどう扱うべきか

鹿島茂氏

鹿島茂: サン=シモン主義は、最初は夢想だったのですが、ジラルダンが影響を受け、ヴィクトル・ユーゴーもバルザックもかぶれていました。その時代に、もう1人とんでもないのが現れました。ナポレオン3世です。彼はナポレオンの甥ですが、サン=シモン主義を読んでかぶれているうちに、「俺が皇帝になって全部実現してやろう」と考えたのです。

彼はクーデターを起こして2度失敗するのですが、2月革命のあとに大統領選挙が始まると、それに立候補して当選。その後、クーデターを起こして第二帝政をつくり、自分の頭にあったサン=シモン主義を片端から実現するのですが、翌年にはフランス全土に鉄道が敷かれたのは驚くべきことです。

このナポレオン3世の時代に誕生したのが、デパートです。万国博覧会を見たときに、ブシコーという商人が「展示された商品にお客さんが熱狂している。これを売れるようにすればいいじゃないか」と考えたのです。つまり、「商品があふれているところに人がやってくると、欲望はあとから生まれる」ということに気づいたわけです。今、デパートでものが売れないのは「何でもいいから人を来させなければいけない」というデパートの原点を忘れてしまったからではないでしょうか。

このように欲望というものは、ある1つの爆発が起こって、さまざまな欲望を持った人間が方々に散らばることによって、さらにそれが回転していく。そして最終的にはバブル崩壊ということを何度も経験したあげく、今日に至るわけです。

しかし、ヴィクトル・ユーゴーが書いたように、パイの大きさを大きくしようと考えずに、細かく分けるだけではだめなんです。大きくしようという努力と、それをできる限り不公平のないように分割する、その2つのシステムをともに追及しないといけないのです。

文学というのは、そういう面から読むと大変面白いものなんです。例えば『バルザック全集』を読むと、ありとあらゆる商売のノウハウが全部書いてあるんじゃないかと思います。

安藤礼二: 鹿島さんのお話の重要なポイントは「欲望」だと思います。鹿島さんがおっしゃったように、ユーゴーは「パイを大きくしながら、それを均等に分ける」と言いましたが、この「均等」というのが曲者です。人それぞれ多様なわけで、果たして同じことが均等なのか。

「多様性を持ちながら、なおかつ平等感を失わないでパイを大きくしていく」という考えが、まさに鹿島さんがきょうお話しされた時代に生まれたんですね。資本主義の勃興期でありながら、実は表裏一体でユートピア思想の勃興期でもあったわけです。

そして、ユートピアと資本主義に共通しているのが欲望のあり方で、人間の欲望というのは拒否できない。でもそれを伸ばしていくときに他者を犠牲にする欲望の伸ばし方はだめだ、というようなことです。

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