記事・レポート
日本政治の行方
ジェラルド・カーティス教授による、日本の政治シリーズ 第3回
更新日 : 2009年08月26日
(水)
第3章 “集票マシン”の仕組みと現実
ジェラルド・カーティス: 今度自民党が政権を失うとしたら、それは田舎で議席を失うということです。もともと自民党は大都会ではそれほど強くありません。2年前(2007年7月)の参議院選挙で民主党が第一党になったのは、地方の議席を伸ばしたからです。
では、なぜ地方で自民党が議席を大きく失うことになるのか。それは、自民党のいわゆる“集票マシン”が崩れてきたからです。これは日本の社会の大きな変化を象徴しています。
長い一党支配の時代の自民党の代議士・候補者は、地方の有力者を動員して後援会組織をつくり、市町村の議員や県会議員、農協の代表、医師会、歯科医師会、様々な利益団体などに頼んで「固定票」をまとめてきました。
ちょっと宣伝になりますが、『代議士の誕生』という大分県での研究をまとめた本があります。私が40年前に書いたものですが、この9月(2009年)に日経BP社から新しく出版されます。それで新しいイントロダクションを書くために久しぶりに自分の本を読んだのですが、「この本は本当に歴史の本になったな」と思いました。
本のモデルは佐藤文生さんという政治家で、地方議員の組織に頼る選挙のやり方を書きました。そのやり方は田舎の人たちの共同体意識の上に立っているもので、今、同じことをやったら絶対に落選すると思います。
どんなやり方だったか少しご紹介すると、私が大分県の田舎を町会議員と一緒に歩いていたら、向こうから来た農家の人にその町会議員が、「今度選挙があるんだけど、文ちゃん(=佐藤文生)をよろしくね」と声を掛けたのです。そのときの農家の人の返事が忘れられません。「あなたには大変お世話になっているから、もちろん佐藤さんに入れますよ」と言ったのです。当時はお世話になっている人に票をまとめる力があったのです。
村というのは、本当に共同体でした。その村のある年の選挙では、投票率が98%でした。1人の候補者がそのうちの95%、2,900票あまりを獲得しました。投票率が高いのは政治意識が高いのではなく、郷土意識が高いからなのです。共同体としての意識がものすごく強く、入院している人以外はみんな投票に行く。だから投票率が高く、しかもみんな同じ人に投票したのです。
例えば、当時の歯医者さんの政治力はものすごいものでした。考えてみれば、歯医者さんの治療椅子に座って口を開けているときに、ドリルを持ったお医者さんに「今度の選挙、誰それをお願いします」と言われたら、「ノー」と言う勇気のある人はいませんよね。歯医者さんのお世話になっているから、彼が応援している先生に入れるというのが常識だったのです。
しかし今は、田舎でお医者さんに「誰それをお願いします」と言われても、「あなたは私のお医者さんだけど、ポリティカル・アドバイザーじゃないから、自分で決めますよ」という人が結構多い。こうした田舎での自民党を支える集票マシンが崩壊しているんです。このことがこの選挙にとってものすごく大きな意味を持っています。
ところが、自民党の候補者はこのことに気づいていない、あるいはこれ以外のやり方を知らない人が多いようです。麻生総理が今、いろいろな団体を回っていますが、団体の幹部が「じゃあ、自民党を支持しよう」と言ったら、その通りになると思うのは大間違いで、組織票は随分弱くなったのです。
今度自民党が政権を失うとしたら、その一番の理由は、「集票マシンが崩れてきたことに気づいていない」ということではないかと思います。
中選挙区制では党内の争いがあったのですごく緊張感がありました。でも小選挙区制になってからは、自民党の議員の多くは選挙区に戻っても「相手の民主党議員は知名度があまりない、お金もない、組織もほとんど持っていない。だから自分は大丈夫だ。早く東京に戻って銀座で飲もう」という感じで緊張感のないまま今に至ってパニック状態になってしまった、というのが私の見方です。
パニック状態だから、慌てて宮崎に飛んで行って、東国原さんに「出てください」とお願いして、党内から呆れられてしまうんです。玄人中の玄人政治家の古賀さんがこんなことをしてしまうのはパニックだからです。ですので、「自民党が政権を失う」といのは、残念ながら「民主党に期待を持っている」ということではないのです。
今度、自民党もマニフェストを出すようですが(編注:本講座開催時は未発表)、麻生さんは「10年で家庭の手取りを100万円増やす」と言いました。これを素晴らしいと思って自民党に入れる人はいるのでしょうか。こんなことを言って票が集められると思っている、これもパニックだからです。
要するに、この国全体をどうするのか、ビジョンがない、戦略がない、政策がない。
では、もし政権をとったら民主党は何をするのでしょうか?
では、なぜ地方で自民党が議席を大きく失うことになるのか。それは、自民党のいわゆる“集票マシン”が崩れてきたからです。これは日本の社会の大きな変化を象徴しています。
長い一党支配の時代の自民党の代議士・候補者は、地方の有力者を動員して後援会組織をつくり、市町村の議員や県会議員、農協の代表、医師会、歯科医師会、様々な利益団体などに頼んで「固定票」をまとめてきました。
ちょっと宣伝になりますが、『代議士の誕生』という大分県での研究をまとめた本があります。私が40年前に書いたものですが、この9月(2009年)に日経BP社から新しく出版されます。それで新しいイントロダクションを書くために久しぶりに自分の本を読んだのですが、「この本は本当に歴史の本になったな」と思いました。
本のモデルは佐藤文生さんという政治家で、地方議員の組織に頼る選挙のやり方を書きました。そのやり方は田舎の人たちの共同体意識の上に立っているもので、今、同じことをやったら絶対に落選すると思います。
どんなやり方だったか少しご紹介すると、私が大分県の田舎を町会議員と一緒に歩いていたら、向こうから来た農家の人にその町会議員が、「今度選挙があるんだけど、文ちゃん(=佐藤文生)をよろしくね」と声を掛けたのです。そのときの農家の人の返事が忘れられません。「あなたには大変お世話になっているから、もちろん佐藤さんに入れますよ」と言ったのです。当時はお世話になっている人に票をまとめる力があったのです。
村というのは、本当に共同体でした。その村のある年の選挙では、投票率が98%でした。1人の候補者がそのうちの95%、2,900票あまりを獲得しました。投票率が高いのは政治意識が高いのではなく、郷土意識が高いからなのです。共同体としての意識がものすごく強く、入院している人以外はみんな投票に行く。だから投票率が高く、しかもみんな同じ人に投票したのです。
例えば、当時の歯医者さんの政治力はものすごいものでした。考えてみれば、歯医者さんの治療椅子に座って口を開けているときに、ドリルを持ったお医者さんに「今度の選挙、誰それをお願いします」と言われたら、「ノー」と言う勇気のある人はいませんよね。歯医者さんのお世話になっているから、彼が応援している先生に入れるというのが常識だったのです。
しかし今は、田舎でお医者さんに「誰それをお願いします」と言われても、「あなたは私のお医者さんだけど、ポリティカル・アドバイザーじゃないから、自分で決めますよ」という人が結構多い。こうした田舎での自民党を支える集票マシンが崩壊しているんです。このことがこの選挙にとってものすごく大きな意味を持っています。
ところが、自民党の候補者はこのことに気づいていない、あるいはこれ以外のやり方を知らない人が多いようです。麻生総理が今、いろいろな団体を回っていますが、団体の幹部が「じゃあ、自民党を支持しよう」と言ったら、その通りになると思うのは大間違いで、組織票は随分弱くなったのです。
今度自民党が政権を失うとしたら、その一番の理由は、「集票マシンが崩れてきたことに気づいていない」ということではないかと思います。
中選挙区制では党内の争いがあったのですごく緊張感がありました。でも小選挙区制になってからは、自民党の議員の多くは選挙区に戻っても「相手の民主党議員は知名度があまりない、お金もない、組織もほとんど持っていない。だから自分は大丈夫だ。早く東京に戻って銀座で飲もう」という感じで緊張感のないまま今に至ってパニック状態になってしまった、というのが私の見方です。
パニック状態だから、慌てて宮崎に飛んで行って、東国原さんに「出てください」とお願いして、党内から呆れられてしまうんです。玄人中の玄人政治家の古賀さんがこんなことをしてしまうのはパニックだからです。ですので、「自民党が政権を失う」といのは、残念ながら「民主党に期待を持っている」ということではないのです。
今度、自民党もマニフェストを出すようですが(編注:本講座開催時は未発表)、麻生さんは「10年で家庭の手取りを100万円増やす」と言いました。これを素晴らしいと思って自民党に入れる人はいるのでしょうか。こんなことを言って票が集められると思っている、これもパニックだからです。
要するに、この国全体をどうするのか、ビジョンがない、戦略がない、政策がない。
では、もし政権をとったら民主党は何をするのでしょうか?
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日本の政治シリーズ 第1回、第2回のレポートはこちらからご覧になれます。
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