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多様な個性が育むナラティブパワー<イベントレポート>

更新日 : 2024年09月24日 (火)

【4章】1/3の確かさと2/3の不確かさが、柔軟な思考につながる



開催日:2024年5月8日 イベント詳細
スピーカー: 竹内明日香 (一般社団法人アルバ・エデュ 代表理事)
松本理寿輝 (まちの保育園・こども園 代表 / まちの研究所株式会社 代表取締役)
ファシリテーター: 藤沢久美 (国際社会経済研究所 理事長)



1/3の確かさと2/3の不確かさが、柔軟な思考につながる
藤沢:あまり考えずに、心で感じたことを言葉にすればいいということですが、子どもに対してそうだとしても、やっぱり大人としては、社会、組織、チーム、コミュニティに属して、様々な人たちと一緒に活動していますよね。個性を大事にしようと個の意見を聞いていたら、仕事が一向に前に進まない、その難しさにみんな直面していると思うのですが。

松本:すごくわかります。これは、やっぱりチームの目的、大事にしていきたいことがあって、その目的さえズラさなければ、多様な視点があってもいいんじゃないか、と思います。議論が進まないときは目的に立ち返る、ということを、うちのチームでは声を掛け合っているように思います。

藤沢:みんなで共有するものをひとつ明確にしておくことは、大事なことですよね。色々な人たちの意見を汲みながら、社会を作っていくのが民主主義の考え方でもあると思います。竹内さんの本にはデンマークのことも書かれていますが、私も昨年、なぜデンマークで民主主義がうまくいってるのかを見たくて行ってきました。

竹内:本当にデンマークは奥深い国です。根っからの「ナラティブの国」なんですよね。ただ、日本も実は、小学校一年生の1学期までは「ナラティブ」なんです。なぜならば、まだ字が書けないから。会話をとても重視していて、2人1組でお話をするなんていう授業もあるのですけれども、デンマークはそれをずっとやり続けて、義務教育の最後の卒業はプレゼンテーションで評価される。それは、民主主義の主体、担い手としての教育は、やはり自分の意見をきちんと言えるようにするためだから。デンマークの国語の先生は、自分の意見が言える子を育てるために国語があるんだとおっしゃいます。日本とずいぶん違うな、というふうには思います。何を大事にするかという文化の違いもあると思います。


藤沢
:デンマークでは、高校の段階で職業訓練の方に行くか、アカデミアの方にいくかを選ばなければいけないんですよね。でも、実は中学卒業した段階で、半分ぐらいの子どもたちはエフタスコーレという寄宿学校に入って、1年間親元を離れ自分は何をしたいのかに向き合うギャップイヤーをとります。同年代の子たちと寮生活をして、そこでルール作りをしたり、自分の役割を決めたりしながら、社会を体験するのです。他にも、フォルケホイスコーレという17歳以上であればだれでも入学することができるという学校があって、そこでも自分は何をしたいのかを見つめることができます。私も、フォルケホイスコーレに3日間行ってきたのですが、最初に言われたのは、まず自分はどうして自分になったかっていうことを考える、というもの。個性を尊重するというと、他人の個性は観察しますが、自分の個性について見つめるということについて、どう思いますか。「ナラティブ」は、やはり自分の個性を自認したほうが生まれてくると思いますか?

松本1/3の確かさと2/3の不確かさ、という言葉があります。つまり、自分の中で確固たるものを持ちすぎてしまうと、可能性がないように思えたり、固執しすぎて多様性を受け入れにくくなったり、まさに民主的でありにくくなるということ。1/3ぐらいは自分の信念的なものを固めつつ、2/3ぐらいは柔軟性を持っていた方が、気持ち的にも楽だし、譲れないことをイメージしながら、残りはニュートラルでいるのは、自分のあり方としてすごくバランスがいいなと思っています。

藤沢:なるほど。100%の自分を彫刻のように描かなければと思いがちだけれど、人間はずっと変化してるから、1/3ぐらいわかっていて、あとの2/3は変わっていくことを許容する、ということですね。

竹内:子どもにどう寄り添うかとか、あるいは多様な人がいる組織でどうするか、という話にちょっと通じるなと思ったんですけれども、あまり強い自分の意見を持ちすぎると、結構辛いですよね。そうではなくて、残り2/3ぐらい、好奇心を持っていたら、「そんな意見があるんだ!」とか「そんなことを発見したの?面白いね」とか、絶えずアンテナを立てて、柔軟に多様な意見を取り入れられるのかなと思うんです。日本批判をしたいわけではないのですが、あるデータによると、日本人の20代の好奇心度合いは、スウェーデン人の60代ぐらいと同じらしいですよ。

藤沢:え〜!それは、結構辛いですね。

竹内:なぜそうなってしまうのか、という話もあるんですけれどもね。だから、誰もが好奇心を持っていられたら、もっと生きやすくなるのではないでしょうか。

藤沢:確かに。好奇心が2/3ぐらいあれば、他のものを受け止めて、みんなにとって良いものは何だろうと考えられますよね。それは、妥協とは違いますよね。

松本:そうですね、自分が楽になる感じですね。

竹内:大人になったらこうあらねば、みたいな考えが、好奇心を減らしていく。いい意味での子どもっぽさが失われてしまうんですよね。

松本:個性というのは、実はインプットのメカニズムから来ているという研究がありまして、つまり、個性として表に出ているものに注目しがちですけれど、インプットされたものからアウトプットが生まれているので、自分がどんなインプットに反応しやすいかということに意識的になると、自分の個性が掴みやすい、ということがあるように思います。人間はパッと見で1500くらいの情報を手にしているけれど、そこから自分で選んで認識しているらしいんですね。だから、今日自分は何が素敵だと感じたか、といったことを書き記していくと、だんだん自分が反応する情報の傾向がわかってくる、という面白い研究があったりします。


藤沢:確かにそうですね。他人が何に興味を持ってるか、何に反応するかというのは客観的に観察できるから、あの人の個性はこうだよね、と感じたりするけれど、自分のことになると途端にわからなくなるのは、インプットに意識的になっていないから?

松本:そういうことかもしれないですね。自分の中にバイアスがありすぎると、固定的な情報しか入らなくなりがちなので、不確かな部分があると、もしかしたらインプットする情報(言葉だけでなく視覚的な情報も含め)が広がり、自分の個性も豊かになり、楽になることにつながるのかなと思いました。
子どもたちと共に考えると、世界に新しく出会い直すことができる
藤沢:仕事をしていると、部下や同僚に正解を求められがちですよね。これは、3分の1ぐらいはこうした方がいいと思っているけれど、あなたはどうしたいの?って聞いた方がいいのかしら(笑)。

松本:場面にもよりますけどね(笑)。

竹内「正解より好きを重んじよ」というのは、私達の授業の一番の主軸ですね。これからの時代、正解のない時代の中で自分の軸を何にもつか、それは「好き」なんだと。理屈も何もないですよね、好きなんだから。好きだからやりたい、やらせてくださいって、それを大事にしていくのがいいのかなと思います。ただ、ずっとネットを見てると、表示されるアルゴリズムの関係でだんだん情報が偏ってくるので、自分の一番気持ちのいい意見だけを目にしている可能性がとても高い。だから、1回オフラインになって、野に出かけていく、それこそレッジョ・エミリアみたいに、泥を掴んで光の中で、という体験が、大事になってきますよね。

松本:仕事の場合は、組織的判断をしなければならない、承認プロセスがあって自分の意見で決められない、自由な発想をしてはいけないような場面もあると思います。そうなってくると、本当に自分の考えがなくなってきてしまうので、あえて今日の「クリティカルシンカー」(否定的な意見を言う役割の人)を設けてみたりすると、それに引っ張られて多様な意見、反対意見が急に出てきたりすることがあると思います。研究領域では割とそういうことが行われていて、研究会に出ると、本当に嫌になるぐらい穴を突かれまくるということがありますね。

竹内:日本でもコーポレートガバナンスが進んできて、社外の人が入って「それは違うんじゃないですか」と言えるようになって、組織が健全化している部分もあると思います。

藤沢:確かに、日本もいろいろな世界が交わり合って動き始めてきたので、ダイバーシティを受け入れるプロセスが始まっている感じはしますね。私達は今になって苦労してそれを体験しているけれど、子どものうちからやると、その子どもたちが健やかになっていくだけでなく、大人も地域も社会も変わってくるというのが、今「まちの保育園」で起きてることだという理解もできますでしょうか。


松本:そうですね。子どもたちと共に考えることは、世界に新しく出会い直すような経験で、民主主義とは豊かさとは何なのか、などの問いがコミュニティの中に生まれてきます。その理由のひとつとして、幼稚園、保育園の特殊性で、大人たちが仕事や肩書きではなく、親として割とパーソナルに出会えるというところがあります。こういった特殊性ある施設を生かして街を作っていく、民主主義の拠点になっていく、そういったスタートの拠点になるといいなという夢をもっています。

藤沢:なるほど!私達は、既にある組織、業界、年代など、均一なものの中でのダイバーシティを考えがちですが、元々違う軸で集まれる場を探しに行くのもいいということですね。

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