記事・レポート
多様な個性が育むナラティブパワー<イベントレポート>
更新日 : 2024年08月28日
(水)
【1章】子どもたちは、可能性に満ちた有能な学び手である
すべての⼦どもの「話す⼒」の育成に⼒を入れる⽵内明日⾹さんと、まちの保育園・こども園で「『まちぐるみ』の子育て」を目指す松本理寿輝さんをお招きし、多様な個性とナラティブパワーの関係について考えました。ファシリテーターは国際社会経済研究所理事長の藤沢久美さん。子どもの教育の話だけではなく、大人として、人間としてどう生きるかも深く考えさせられ、勇気が湧いてくるトークの模様を全5章に分けてお届けします。
開催日:2024年5月8日 イベント詳細
スピーカー:
竹内明日香 (一般社団法人アルバ・エデュ 代表理事)
松本理寿輝 (まちの保育園・こども園 代表 / まちの研究所株式会社 代表取締役)
ファシリテーター:
藤沢久美 (国際社会経済研究所 理事長)
開催日:2024年5月8日 イベント詳細
スピーカー:
竹内明日香 (一般社団法人アルバ・エデュ 代表理事)
松本理寿輝 (まちの保育園・こども園 代表 / まちの研究所株式会社 代表取締役)
ファシリテーター:
藤沢久美 (国際社会経済研究所 理事長)
はじめに
藤沢:ここ数年、日本でも「多様な個性」や「ナラティブ」が大事だとさかんに言われますが、なぜ今「ナラティブ」なのでしょうか。改めて「ナラティブ」の意味を辞書でひいてみると「自分を主体にして語る」ということなんですよね。日本人には苦手なことだと言われていますが、実は20年ぐらい前にインターネットが始まり、SNSで無意識に発信していることは割と自分主体で発信されてきたと思います。でも、普通に発信していたら突然批判を受けて炎上して、といったことが起きてくると、やっぱり自分主体で語るのが怖くなる。また、一方で「多様な個性」という点では、日本人はあまり個性がない(個性を出さない)と思われてきたかもしれませんが、インターネットでの様々な発信を覗いてみると、実はすごく個性的な人がたくさんいることがわかりますし、逆に自分が世間とは違うところがあると疎外感を持っていたけれど、ネット上に同じような考えの人がたくさんいることにも気づく。そういったことが見えてきて、嬉しくなったり、悲しくなったり、怖くなったり、ということが起きてくるなかで、きっとこれからの子どもたちが生きやすくするためには、「ナラティブ」をどのように生かしていくか、ということを考えなければいけない局面にいるのだと思います。それをまさに実践されているお2人にプレゼンテーションをしていただきます。それを受けて、子どもに対してどのように教育をしていったらいいのかというお話と、私たち大人も個性を開きながら「ナラティブ」をできるようにするにはどうしたらいいのか、ということをディスカッションしたいと思います。では、理寿輝さんから、お願いします。
子どもたちは、可能性に満ちた有能な学び手である
松本:松本理寿輝といいます。「まちの保育園」「まちのこども園」という保育園と認定こども園の運営をしながら、そこで得た知見で社会で広く共創するためのシンクタンクのような会社も持ち、自治体の支援や、国の政策などにも少しずつ関わっています。また、イタリアの教育の先進地域レッジョ・エミリア市でうまれた教育「レッジョ・エミリア・アプローチ」(以下、レッジョ・アプローチ)を学び合う世界数十カ国が加盟する国際ネットワークにおいて、日本の窓口団体「JIREA(Japan Institute for Reggio Emilia Alliance)」の代表も務めています。
2024年現在、都内6ヶ所で「まちの保育園・こども園」を展開しています。それぞれの園にはベーカリーカフェやコミュニティスペースなど、地域に開かれた交流の場があり、まさに“まち”の保育園という名が示す通り、地域と共にこの園を作り、また地域の資源として活用いただくような園でありたいとこれまでやってきました。ちなみに、アークヒルズ仙石山にある「まちの保育園 六本木」の軒先には「まちの本とサンドイッチ」というお店がありますが、テレビ東京さんのある番組のサンドイッチランキングで1位に選ばれまして、これはパン屋さんの経営をしたほうが良かったんじゃないかと(笑)、そんなこともやっていたりしますので、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りいただければと思います。また近くに麻布台ヒルズがオープンしましたので、新しくできた街、この界隈で、「アトリエ東京」というコンセプトで、レッジョ・エミリアと日本のエッセンスを取り入れた子どもたちのアトリエを作るというチャレンジも計画されています。
「『まちぐるみ』の子育て」について、いつも二つの想いをお話しています。一つは、子どもたちの育ち、学びを、社会に繋げていくということ。もう一つは、その学校や保育園自体が、まさに街づくりの拠点となり、地域のウェルビーイングを進めていくこと。
松本:子どもの存在は、本当に地域参加をする理由になるんですよね。いろいろな人たちが参画してくださり、共にまちづくりを担ってきました。地域に開かれた場が併設されていたり、あるいは、人は人がつなぐ、ということで「コミュニティコーディネーター」という職種を自分たちで発明し、地域の方にご協力いただきながら環境を築いています。具体的には、この近くに登録有形文化財のお茶室がありまして、そこの代表の方と子どもたちとで、「おもてなしを探究する」をしたことがあります。また、子どもたちが鳥に興味があり、ちょうど森ビルさんから、鳥博士をご紹介いただき、10年以上ずっと鳥の研究を続けています。港区エリアにも7種類の鳥がいるなど、新しい発見があったりするわけですが、最初私たちも含めて鳥に目を向けていなかったのです。でも、子どもたちとプロジェクトに取り組むことによって、自分たちの住む町を、新しく知り直していくことができます。こういったことも、子どもたちと取り組む面白さだと思っています。
いま、乳幼児教育、保育全般が変革期であると思います。脳科学の領域などで様々な追跡調査が進んできているので、東京大学をはじめ、様々な方面から共同研究を進めたりしながら、その研究的知見を子どもたちの環境に生かしたり、レッジョ・エミリア・ネットワークの代表をしながら世界とも繋がり、学びを深めています。
ここで、レッジョ・アプローチとはどういうものなのかをお話させていただきます。北イタリアのレッジョ・エミリア市で1960年代にかたちづくられ、1990年代にアメリカ版ニューズウィーク誌に世界で最も先進的な乳幼児教育として取り上げられたことを発端に、教育界で高く評価されている教育アプローチです。最近では、アメリカのGoogleや、ディズニー社が、従業員の子どものための幼稚園を作るときにレッジョ・アプローチを採用したということが話題になっていたりします。
どのような教育かというと「創造性と協働性の教育」と言われています。子どもたちの環境において、知識というのは伝達されるものではなく、創造するものだという考えから、教室があって先生から一方的に知識が届けられる場所ではなく、アトリエがあって子どもたちは様々な出会いを持ちながら探究し、自分たちで知を創造していく、ルールメイキングすらしていく、そのようなことを大事にしている教育アプローチです。レッジョ・エミリア市は、町全体、社会全体が、子どもたちの学びを支えていくと同時に、子どもたちの学びに参画しながら、実は子どもたちから新しい発見をもらい、民主的にその町が作られていくということを経験している地域であり、そのアプローチを世界中と共有しています。何より私が魅了されているのは、その子ども観、つまり、子どもをどのように見るか、というところです。子どもたちは、大人になる準備期で大人が教えてあげなければいけない存在ではなく、可能性に満ちた有能な学び手なのだ、というふうに捉える。その子ども観を世界に発信しているアプローチとしても知られています。
それを踏まえて、「まちの保育園」「まちのこども園」での具体的な子どもたちの学びの姿をいくつかお伝えします。 ある時、子どもたちが工作のようなもので街を作っていて、何かに気づきました。この町には音がない、だから町の音を作りたい、と言い始めたんです。私たちの園では、コミュニティにそういった子どもたちの学びの物語がシェアされていくのですが、保護者からこの地域にサウンドアーティストの方がいると紹介があり、その方と街の音を作るプロジェクトを始めました。そして、一緒に町の音のサンプリングをしに行き、その音を子どもたちが見た時に、彼らはとても驚きました。それは、音には形があるんだ!ということを知ったからです。いわゆる音の波形ですね。そして、このプロジェクトをさらに進めていくわけですけれども、私たちが驚かされたのは、子どもたちが音を絵や造形で表現したことです(下記写真)。
松本:これは、その時その場のイメージと、色のイメージ、針金やネジなども使ってコラージュして、音の波形を表してます。自分たちの中のイメージ世界を編集して、これが私達の町の音です、とプレゼンテーションをしてくれました。これは本当に素晴らしいなと思いました。他には、色を言葉のように操ることができる子もいました。色は三原色で構成されると私達は知識としては知っていますけど、その子はある色をぱっと見たときに、どの色をどう配合すればその色が作られるかということがわかるんです。そんな感性が開かれている子どもに出会うこともあります。また、宇宙大好きな子が作ったダンボールの丸い立体物がありました。数字がたくさん書かれていたそれは「カレンダー」らしいのですが、その子は「1年は丸いのにカレンダーはなぜ平面しかないんだ、丸くあるべきだ」と言っていました。確かに、地球の公転周期は1年で、太陽の周りを1回転しているわけですが、これもすごい発想、表現だなと思いました。
音に形を見ることができるとか、香りに色を感じることができるとか、(脳科学的には共感覚と言われる)そういった感覚、表現方法があるのだと、子どもたちとの学びから経験しています。子どもたちは、個性に基づいた好奇心、センス・オブ・ワンダーから始まるわけですが、学んでいるという意識はなく、まさに全身で遊びこみます。いい遊びというのは、いい問いに出会えるんですね。いい問いに出会ったときに、表現も含めて、探究的・創造的に解決につなげていきながら、創造的思考を作っていくことを私たちはやっています。
最近「クリエイティブ・コンフィデンス(創造できるという自信)」や、「政治的有効性感覚」という言葉も聞かれますが、子どもたちに経験して欲しいことは、「世界は自分たちで動かし、変えていくことができる」ということです。それを心において、日々子どもたちと向き合っています。「ナラティブ」につなげると、子どもたちに「あなたはどう思う?」と聞いて、一人ひとりの声を丁寧に聞いていくことを大事にしています。例えば「なぜ夕日がオレンジなの?」と子どもが聞いたとします。そこで科学的に正しい答えをすぐ教えずに、「あなたはどう思う?私にとってあなたの考えが大事なの」ということを伝えながら、子どもたちに自分の考えやアイディアを出してもらいます。自分の声を聞いてもらえるということは、自分の考えとアイディアに価値があるんだと、子どもが実感することにつながります。自分のアイディアに価値があると思えると、他の子どもの言葉や、大人の言葉も聞きたくなってくるのです。
松本:また、「100の言葉」を大事にしています。これは100人いれば100通りの表現がある、つまり100通りの多様性があるということでもあります。先ほどの子どもたちの例を見ればわかるように、いわゆる言語的な表現だけで世界を理解するだけではあまりにもったいない。これだけ多様で豊かで複雑なこの世界を、人間はそもそも言語だけで理解してるわけではなく、あらゆる感性・表現を通しながら理解しています。だから、全感覚を使って世界を捉えていくために、特に乳幼児期は言語獲得の最中なので、言語以外の表現もマルチリンガル的に使っていくと、子どもたちが複雑で高度な思考もできるようになります。それがレッジョ・エミリア・アプローチが評価されているところでもあります。
最後に、新しい挑戦の話をしたいと思います。今まで乳幼児教育にアプローチをしてきましたが、そこから小学校への接続や、小学生以降の子どもたちの環境にも目を向けていかないといけないと感じています。その一つが、今年4月に出版した伊藤穰一さんとの共著『普通をずらして生きる ニューロダイバーシティ入門』で書いている「ニューロダイバーシティ」をテーマとした取り組みです。ニューロダイバーシティ(=脳神経の多様性)の考え方は、社会的にも広がってきつつあると思いますが、海外から始まった考え方で、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉症スペクトラムの子どもたちについて、一つのダイバーシティというふうに捉え、生物学的に正常なバラエティーとされています。つまり、今の社会モデルに適合しにくいから「障害」と認められてしまっているけれども、その子に適切な環境さえ用意すれば、その子のウェルビーイングを保証できたり、社会で活躍できる可能性をより開くことができるいうもので、世界的にも研究が進んできていると思います。日本でそのための学校を作ろうと伊藤穰一さんと一緒に進めてきまして、2024年9月に南青山にオルタナティブスクール「Neurodiversity School in Tokyo (NSIT)」を開校します。まず3歳〜12歳を対象にインクルーシブな学びの場をつくっていこうということで、「分ける社会」から「混ぜる社会」を目指しながら、チャレンジをしていきたいと思います。
藤沢:ありがとうございます。理寿輝さんの中に「普通」という言葉はないんですね。
松本:そうですね、みんなどこかに凸凹がありますし、「普通」が何かわからない、だんだんわからなくなっているという感じです。波波の紐をイメージしてもらいたいのですが、とんがっている山のところを引っ張ると、全体がすーっと上に上がってきますよね。つまり、凸凹があっても、いいところや得意、好きなところを伸ばしていくと、才能が発揮しやすい環境が作りやすいということが、色々な研究からもわかってきています。
藤沢:どうやったら得意を伸ばすことができるのか、誰が引っ張ってくれるのか、など後半でさらに聞いていきたいと思います。では、次に竹内さんにプレゼンテーションをお願いします。
2024年現在、都内6ヶ所で「まちの保育園・こども園」を展開しています。それぞれの園にはベーカリーカフェやコミュニティスペースなど、地域に開かれた交流の場があり、まさに“まち”の保育園という名が示す通り、地域と共にこの園を作り、また地域の資源として活用いただくような園でありたいとこれまでやってきました。ちなみに、アークヒルズ仙石山にある「まちの保育園 六本木」の軒先には「まちの本とサンドイッチ」というお店がありますが、テレビ東京さんのある番組のサンドイッチランキングで1位に選ばれまして、これはパン屋さんの経営をしたほうが良かったんじゃないかと(笑)、そんなこともやっていたりしますので、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りいただければと思います。また近くに麻布台ヒルズがオープンしましたので、新しくできた街、この界隈で、「アトリエ東京」というコンセプトで、レッジョ・エミリアと日本のエッセンスを取り入れた子どもたちのアトリエを作るというチャレンジも計画されています。
「『まちぐるみ』の子育て」について、いつも二つの想いをお話しています。一つは、子どもたちの育ち、学びを、社会に繋げていくということ。もう一つは、その学校や保育園自体が、まさに街づくりの拠点となり、地域のウェルビーイングを進めていくこと。
松本:子どもの存在は、本当に地域参加をする理由になるんですよね。いろいろな人たちが参画してくださり、共にまちづくりを担ってきました。地域に開かれた場が併設されていたり、あるいは、人は人がつなぐ、ということで「コミュニティコーディネーター」という職種を自分たちで発明し、地域の方にご協力いただきながら環境を築いています。具体的には、この近くに登録有形文化財のお茶室がありまして、そこの代表の方と子どもたちとで、「おもてなしを探究する」をしたことがあります。また、子どもたちが鳥に興味があり、ちょうど森ビルさんから、鳥博士をご紹介いただき、10年以上ずっと鳥の研究を続けています。港区エリアにも7種類の鳥がいるなど、新しい発見があったりするわけですが、最初私たちも含めて鳥に目を向けていなかったのです。でも、子どもたちとプロジェクトに取り組むことによって、自分たちの住む町を、新しく知り直していくことができます。こういったことも、子どもたちと取り組む面白さだと思っています。
いま、乳幼児教育、保育全般が変革期であると思います。脳科学の領域などで様々な追跡調査が進んできているので、東京大学をはじめ、様々な方面から共同研究を進めたりしながら、その研究的知見を子どもたちの環境に生かしたり、レッジョ・エミリア・ネットワークの代表をしながら世界とも繋がり、学びを深めています。
ここで、レッジョ・アプローチとはどういうものなのかをお話させていただきます。北イタリアのレッジョ・エミリア市で1960年代にかたちづくられ、1990年代にアメリカ版ニューズウィーク誌に世界で最も先進的な乳幼児教育として取り上げられたことを発端に、教育界で高く評価されている教育アプローチです。最近では、アメリカのGoogleや、ディズニー社が、従業員の子どものための幼稚園を作るときにレッジョ・アプローチを採用したということが話題になっていたりします。
どのような教育かというと「創造性と協働性の教育」と言われています。子どもたちの環境において、知識というのは伝達されるものではなく、創造するものだという考えから、教室があって先生から一方的に知識が届けられる場所ではなく、アトリエがあって子どもたちは様々な出会いを持ちながら探究し、自分たちで知を創造していく、ルールメイキングすらしていく、そのようなことを大事にしている教育アプローチです。レッジョ・エミリア市は、町全体、社会全体が、子どもたちの学びを支えていくと同時に、子どもたちの学びに参画しながら、実は子どもたちから新しい発見をもらい、民主的にその町が作られていくということを経験している地域であり、そのアプローチを世界中と共有しています。何より私が魅了されているのは、その子ども観、つまり、子どもをどのように見るか、というところです。子どもたちは、大人になる準備期で大人が教えてあげなければいけない存在ではなく、可能性に満ちた有能な学び手なのだ、というふうに捉える。その子ども観を世界に発信しているアプローチとしても知られています。
それを踏まえて、「まちの保育園」「まちのこども園」での具体的な子どもたちの学びの姿をいくつかお伝えします。 ある時、子どもたちが工作のようなもので街を作っていて、何かに気づきました。この町には音がない、だから町の音を作りたい、と言い始めたんです。私たちの園では、コミュニティにそういった子どもたちの学びの物語がシェアされていくのですが、保護者からこの地域にサウンドアーティストの方がいると紹介があり、その方と街の音を作るプロジェクトを始めました。そして、一緒に町の音のサンプリングをしに行き、その音を子どもたちが見た時に、彼らはとても驚きました。それは、音には形があるんだ!ということを知ったからです。いわゆる音の波形ですね。そして、このプロジェクトをさらに進めていくわけですけれども、私たちが驚かされたのは、子どもたちが音を絵や造形で表現したことです(下記写真)。
松本:これは、その時その場のイメージと、色のイメージ、針金やネジなども使ってコラージュして、音の波形を表してます。自分たちの中のイメージ世界を編集して、これが私達の町の音です、とプレゼンテーションをしてくれました。これは本当に素晴らしいなと思いました。他には、色を言葉のように操ることができる子もいました。色は三原色で構成されると私達は知識としては知っていますけど、その子はある色をぱっと見たときに、どの色をどう配合すればその色が作られるかということがわかるんです。そんな感性が開かれている子どもに出会うこともあります。また、宇宙大好きな子が作ったダンボールの丸い立体物がありました。数字がたくさん書かれていたそれは「カレンダー」らしいのですが、その子は「1年は丸いのにカレンダーはなぜ平面しかないんだ、丸くあるべきだ」と言っていました。確かに、地球の公転周期は1年で、太陽の周りを1回転しているわけですが、これもすごい発想、表現だなと思いました。
音に形を見ることができるとか、香りに色を感じることができるとか、(脳科学的には共感覚と言われる)そういった感覚、表現方法があるのだと、子どもたちとの学びから経験しています。子どもたちは、個性に基づいた好奇心、センス・オブ・ワンダーから始まるわけですが、学んでいるという意識はなく、まさに全身で遊びこみます。いい遊びというのは、いい問いに出会えるんですね。いい問いに出会ったときに、表現も含めて、探究的・創造的に解決につなげていきながら、創造的思考を作っていくことを私たちはやっています。
最近「クリエイティブ・コンフィデンス(創造できるという自信)」や、「政治的有効性感覚」という言葉も聞かれますが、子どもたちに経験して欲しいことは、「世界は自分たちで動かし、変えていくことができる」ということです。それを心において、日々子どもたちと向き合っています。「ナラティブ」につなげると、子どもたちに「あなたはどう思う?」と聞いて、一人ひとりの声を丁寧に聞いていくことを大事にしています。例えば「なぜ夕日がオレンジなの?」と子どもが聞いたとします。そこで科学的に正しい答えをすぐ教えずに、「あなたはどう思う?私にとってあなたの考えが大事なの」ということを伝えながら、子どもたちに自分の考えやアイディアを出してもらいます。自分の声を聞いてもらえるということは、自分の考えとアイディアに価値があるんだと、子どもが実感することにつながります。自分のアイディアに価値があると思えると、他の子どもの言葉や、大人の言葉も聞きたくなってくるのです。
松本:また、「100の言葉」を大事にしています。これは100人いれば100通りの表現がある、つまり100通りの多様性があるということでもあります。先ほどの子どもたちの例を見ればわかるように、いわゆる言語的な表現だけで世界を理解するだけではあまりにもったいない。これだけ多様で豊かで複雑なこの世界を、人間はそもそも言語だけで理解してるわけではなく、あらゆる感性・表現を通しながら理解しています。だから、全感覚を使って世界を捉えていくために、特に乳幼児期は言語獲得の最中なので、言語以外の表現もマルチリンガル的に使っていくと、子どもたちが複雑で高度な思考もできるようになります。それがレッジョ・エミリア・アプローチが評価されているところでもあります。
最後に、新しい挑戦の話をしたいと思います。今まで乳幼児教育にアプローチをしてきましたが、そこから小学校への接続や、小学生以降の子どもたちの環境にも目を向けていかないといけないと感じています。その一つが、今年4月に出版した伊藤穰一さんとの共著『普通をずらして生きる ニューロダイバーシティ入門』で書いている「ニューロダイバーシティ」をテーマとした取り組みです。ニューロダイバーシティ(=脳神経の多様性)の考え方は、社会的にも広がってきつつあると思いますが、海外から始まった考え方で、注意欠如・多動症(ADHD)や自閉症スペクトラムの子どもたちについて、一つのダイバーシティというふうに捉え、生物学的に正常なバラエティーとされています。つまり、今の社会モデルに適合しにくいから「障害」と認められてしまっているけれども、その子に適切な環境さえ用意すれば、その子のウェルビーイングを保証できたり、社会で活躍できる可能性をより開くことができるいうもので、世界的にも研究が進んできていると思います。日本でそのための学校を作ろうと伊藤穰一さんと一緒に進めてきまして、2024年9月に南青山にオルタナティブスクール「Neurodiversity School in Tokyo (NSIT)」を開校します。まず3歳〜12歳を対象にインクルーシブな学びの場をつくっていこうということで、「分ける社会」から「混ぜる社会」を目指しながら、チャレンジをしていきたいと思います。
松本:そうですね、みんなどこかに凸凹がありますし、「普通」が何かわからない、だんだんわからなくなっているという感じです。波波の紐をイメージしてもらいたいのですが、とんがっている山のところを引っ張ると、全体がすーっと上に上がってきますよね。つまり、凸凹があっても、いいところや得意、好きなところを伸ばしていくと、才能が発揮しやすい環境が作りやすいということが、色々な研究からもわかってきています。
藤沢:どうやったら得意を伸ばすことができるのか、誰が引っ張ってくれるのか、など後半でさらに聞いていきたいと思います。では、次に竹内さんにプレゼンテーションをお願いします。
関連書籍
話す力で未来をつくる
竹内明日香WAVE出版
普通をずらして生きる ニューロダイバーシティ入門
伊藤穰一,松本理寿輝,リンクタイズ
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