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六本木アートカレッジ
<未来を拡張するゲームチェンジャー>イベントレポート

自分だけの視点<EYES>を持つ

更新日 : 2023年10月24日 (火)

【4】細井美裕(サウンドアーティスト)



2023年はChatGPTの出現で、「10年後になくなる仕事は?」といった予想がさらに現実味を増して捉えられています。「人間にとって仕事とは?」「自分らしく生きるとは?」を、より問われる時代となったとも言えるでしょう。

2022-2023年の六本木アートカレッジシリーズ <未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>」では、新しい価値を生み出す5名のゲストを招き、トークイベントを開催しました。ゲストに共通していたのは、業界やジャンルの境界にとらわれず、オリジナリティのある道を切り拓いていること。当初「U-35」と年齢で区切っていた企画でしたが、お話を聞くにつれ、彼らが道を切り拓いていく源は「若さ」にあるのではなく、「自分だけの視点<EYES>」にあると感じました。

そこで、<六本木アートカレッジ>でのトークを振り返りながら、ゲストスピーカーの「社会の捉え方」や「世界の見方」など、独自の視点にスポットをあてたイベントレポートをお届けします。
第4回のゲストは、マルチチャンネル音響を用いたサウンドインスタレーション等の制作を行い、世界から支持を受けるサウンドアーティストの細井美裕さん。音楽にも造詣の深い、独立研究者の山口周さんのモデレートで、音の表現の可能性から、人間の感性の拡張についてまでじっくりとお話いただきました。

細井美裕's EYES 1合唱をやっていたから、自分にとってマルチチャンネルがデフォルトだった。
ステレオかマルチチャンネルか、どちらが良い悪い、という対比ではない。
私はもともと声楽をやっていて、自分の声の多重録音を特徴としたマルチチャンネル音響を用いたサウンドインスタレーションや、屋外インスタレーション、劇場舞台公演などの制作を主にしています。
マルチチャンネル音響とは、簡単に言うと、スピーカーがたくさんある、全方位から音が聞こえる音響方式です。これまでに展示した場所は、NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)の無響室、山口情報芸術センター(YCAM)、札幌文化芸術交流センター (SCARTS)、東京芸術劇場、愛知県芸術劇場、日本科学未来館、NHK、国際音響学会AES、羽田空港などでも作品を発表しています。また、音響の専門マガジン「Sound&Recording(サンレコ)」で連載もしています。

高校で入ったコーラス部が強豪で、世界大会に行って金賞を取りました。その時に、他の国のパフォーマンスがとてもパワフルで、民族衣装を着ていたり、宗教的なつながりで日常的に「歌っている」感じがして、すごく刺激を受けました。そこから、コンテンツだけでなく、演出やそういうものが観られる場づくりが重要だと思い、企画制作について学びたいとSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)に入り、今の道に繋がりました。

最初にお伝えしておきたいのは、ステレオ(通常2個のスピーカー)がダメだと捉えられたくない、ということです。私はもともと合唱をやっていたので、マルチチャンネル(100人で歌うなど)がデフォルトでした。その感覚をステレオで表現することが、私にとっては難しいことだった、というだけで、ステレオか、マルチチャンネルか、どちらが良い悪い、という対比ではないのです。ステレオでミックスされているエンジニアさんが、立体的な、空間的な音を作るというのはすごい技術だなと思っているので、スピーカーが多ければ多いほどいいのだ、と誤解されないといいなと常々思っています。
細井美裕's EYES 2音源は一緒でも、その音が色々なところを旅することによって、
その展示空間の響きを感じられる。
活動の内容を大きく分けると「作品制作」「プロジェクトマネジメント」「楽曲制作・ボイスプレイヤー」の3つです。割合としては半分が「作品制作」、残りは先輩作家さんの展示や芸術祭の裏方、企業プロジェクトに携わる「プロジェクトマネジメント」、広告や映画などの「楽曲制作」や、曲は既にできていて私の声だけ録音をする「ボイスプレイヤー」としての依頼もあります。

まず、2つの作品をご紹介します。これはコロナ禍になって1年くらい経ったときに、羽田空港第2ターミナルに設置した「Crowd Cloud」(2021)という作品です。キュレーターは、MoMAシニアキュレーター、パオラ・アントネッリさんで、ロンドンで活動するサウンドアーティスト/エクスペリエンスデザイナーのYURI SUZUKIさんとの共作です。私はサウンドを担当しました。ひらがなを大量にサンプリングして、アルゴリズムを組んでプログラムで制御して、日本語のサウンドスケープを作りました。私の言葉に加えて、空港の音、そこにいる人の声など実際の音と混ざりあったサウンドスケープになったらいいな、と考えました。
もう一つご紹介するのは「Lenna」という作品です。これは作品を「クリエイティブ・コモンズ」で公開する、つまり作品の権利を放棄するプロジェクトです。



この写真は、山口情報芸術センター(YCAM)での展示風景です。黒いのがスピーカーで、スピーカー24個から音を鳴らしています。普段よくある2個のスピーカーから音が出る場合と比べて、どういう表現ができるかというと、ひとつの音の空間として表現できます。

「Lenna」を作ったのは2019年で、サラウンド(立体音響)のフォーマットで自由に使えるサンプルの音源が少なくて、私としては音だけのサンプルがあってもいいんじゃないか、つまり、この音があれば、例えば22.2チャンネルの音を、5.1チャンネルにコンバート(変換)するサンプル、比較対象になるのではないか、と考えました。そこで思い切ってデータを非営利での二次利用を許可する「クリエイティブコモンズ」で公開しました。 そして自分たちでも「Lenna」をいろんな空間にあわせて、スピーカーの数を変えたり、空間の鳴りを意識するような作品として展示しました。「Lenna」という音源は一緒でも、その音が色々なところを旅することによって、その展示空間の響きを感じられるのかなと思っています。
細井美裕's EYES 3マルチチャンネルを作っていくなかで、視覚に負けたくないからこそ、
逆に作品の見た目にもこだわるという面がある。
合唱をしていた時に思っていたのは、ビジュアルの強さは音にとても影響を与えるということです。合唱コンクールと定期演奏会の違いで考えてみると、定期演奏会はジャッジされないので楽しく歌えばいい、でもコンクールは審査員がいて、テレビカメラにアップになったりもしますので、表情を出す、制服をちゃんとするといった点も見られます。本当は音を聞いてほしいけれど、それよりパンチがあるものが眼の前にあると人間は「見て」しまうから、視覚が強いと思うのです。

例えば、目の前に3個スピーカーが設置されていたら、そのスピーカーから音が鳴っていると意識しながら聞くと思います。でも、ある空間に入ったときに、すごく立体的な音がして、真ん中の方からも音がなっているはずなのにスピーカーは両端2個しかない、となると一気に「音」に引き込まれて、「聴く」方に集中するようになります。視覚的にスピーカーがあることで、聴覚的には削がれる感覚があります。マルチチャンネルを作っていくなかで、視覚に負けたくないからこそ、逆に作品の見た目にもこだわるという面があるかもしれないです。
細井美裕's EYES 4受け手一人ひとりに気持ちがあって、完全にその感覚をコントロールはできない。
外の情報も作品を変える要素として受け入れていったほうが面白い。
最初に「Lenna」の展示をした時は、「視覚に負けたくない」という思いがあり、NTTインターコミュニケーション(ICC)の無響室でやりました。部屋には電球がついていますが、始まる前に全て消えます。無響室、真っ暗、音だけ、という状況で作品を聞かせたら受け手の人の中に浮かぶ共通した景色が見えてくると考えていました。でも感想をみると「お花畑のよう」「死後の世界みたいだ」などバラバラでした。つまり、受け手一人ひとりに気持ちがあって(例えば聞く前に何をしていたかによっても違ったりするので)完全にその感覚をコントロールはできないんだな、とすごく感じました。
そして、次のYCAMの「Lenna」の展示は、最初に見せた写真の通り窓があって外が丸見えでした。閉鎖的でなく、天気によって印象がすごく変わります。作品展示の機会が増えるにつれ、あえて外の情報も作品を変える要素として受け入れていったほうが面白い、と考えるようになったと思います。
細井美裕's EYES 5受け手が想像してくれないことには高い解像度までは辿りつかない。
想像させることができたら、無限の解像度の景色が、世界が拡がっていく。
受け手の感覚をコントロールしたい、ということから、想像をさせたい、というところに興味が移りはじめました。YCAMで作った『細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース《Sound Mine》』(2019)という舞台作品があります。
これは「色々な空間の残響音を採集して、そのIR(インパルス・レスポンス)データを演者の音にかけあわせて空間を旅しているかようなパフォーマンス」と言葉で説明するとよくわからないのですが、要は様々な空間(山口県内のホール、洞窟、マンホールの中など)で共通の音を出し、残響音を採集しました。そこから元の音を引けば、その空間の反響成分(それをIRデータと言う)を取り出せます。本当はトイレの床の下で取った響きなのに、聞いた人は実家の居間みたいに感じることもある。それはその人の経験から想像できる景色で、それが面白いと思い「空間を演奏したい」というコンセプトに辿り着いて作品にしました。



(左)採集風景(右)『細井美裕+石若駿+YCAM新作コンサートピース《Sound Mine》』

音だけでは難しかったので、写真のように、空間に不織布を吊って天井が高いリヴァーブのときは、上にもちあげ、狭いところはギリギリまで下げるといった表現にしています。音で想像させることはどれくらいできるか、というチャレンジでした。

わたしはよく「解像度」という言葉を使うのですが、自分が作品をいくら頑張って作っても、自分が考えている解像度で受け取ってもらえるとは限らないし、全然違うものの見方をしているかもしれない。そのズレも想定して作品を作るようにしています。受け手が想像してくれないことには高い解像度までは辿りつかない、ぼんやり聞いてたらつまらないと思うかもしれないけれど、一瞬でも、例えば「この音、めちゃくちゃ実家の音だ、、、」と想像させることができたら、その人の中には無限の解像度の景色が、世界が拡がっていくことになります。
細井美裕's EYES 6過去を分析するためにテクノロジーを使うのではなく
人間に未来を想像させるほうにテクノロジーを使いたい。
徳井直生さんのQosmo (コズモ) というクリエイティブスタジオで働いていた時、この六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーで開催した「ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展」​​(2018)の一部の企画制作の担当をしました。300年前のヴァイオリン工房の響きを再現するというチャレンジでした。300年前に鳴っていた音を同じ楽器、同じ空間で聞いてみたいと考え、演奏されていたとされる空間(ストラディバリの工房や、ヴェルサイユ宮殿の音楽サロン、今はないドイツのホールなど)の資料から3Dで図面を立ち上げて残響計算し、無響室で録音したバイオリンの音にその残響音をたたみかけて、当時の響きを再現しました。作品としては、モデリングした空間、音の広がりをビジュアライズして画面に投影し、バイノーラル化した音源をヘッドフォンで聞けるようにしました。

そして現代のものを入れないと回顧に終わってしまうので、サントリーホールも同様にモデリングしました。最終的に大事だと思ったのは、色々な場所の残響を計算したけれど、実際サントリーホールに行けば、その300年前の楽器で生の音が今聞けるんだよ、ということ。ホールも楽器なので、実際に訪れて本物を聞く、というところまで繋げたかったのです。過去を分析するためにテクノロジーを使うのではなく、人間に未来を想像させるほうにテクノロジーを使いたい、次は未来、と提示する部屋にしたい、と考えていました。そういったテクノロジーの使い方が好きです。

当時の弦は今と違ってガット弦で、ピッチも違います。私は弦楽器は専門外なので、展示を主催されていた日本ヴァイオリンさんに当時のバイオリンを再現するためのディレクション、考証をお願いしました。実際の展示の音が日本ヴァイオリンさんのYoutubeにあがっていますので、これはぜひヘッドホンで聞いていただきたいと思います。
また、実際にコンサートホールを作っている方に、このシミュレーションの取り組みについてどう思うか聞いてから世の中に出さなければ、と思い、永田音響設計の豊田泰久さん(サントリーホールほか多くのコンサートホールを作った音響設計家)にアドバイザーに入っていただきました。豊田さんに一番最初に言われて心に残っているのが「これはシミュレーションでしかないから、最後はあなたが思った音に調整したらいいよ」という言葉です。最終的には人が聞くものだから、自分の聴覚、感覚を信じたほうがいい、と言われて、例えば、これは技術的にすごく頑張って作った音だから美しい、と思わないようにしなくては、と今でも思っています。「これが正解、事実です」と世の中に出すのではなく、みんなで「想像しよう」と提示することができる、想像を可能にさせることが技術の力だと思います。
細井美裕's EYES 7自然の音の持つ力、情報量の多さは、ものすごく意識している。
難しそうな環境、条件だと逆にやってやる!と思う。
自然の音の持つ力、情報量の多さは、ものすごく意識しています。奈良県天川村で展示した作品をご紹介します。



この写真を見ていただければわかるように、風景も綺麗、川の音も綺麗すぎて、ここで自分の音を出したらダメだ、自分の音を出す作品にしたくない、と思いました。そこで、既にある川の音を一度マスキングして、そのマスクが外れた時に既にある音がクリアに聞こえるようにするという装置、認知のための装置を作品として出品しました。川の上流から下流まで音をサンプリングして、その音を全部ミックスするとホワイトノイズのようなザーっとした音になります。それを木につけたスピーカーから流し、そこを通るとホワイトノイズが周囲の音をかき消す音の結界のような役割をして、杉林を抜けると本当の川の音が聞こえてくる、という作品です。
Erode 奈良県天川村 Installation(2020)

もう一つ、音を出さないサウンドインスタレーションも作りました。東京湾の猿島で『Theatre me』(2022)という作品です。電源がない場所なので、ここでサウンドの作品をやって、と言われたときには喧嘩売られたなと思いました(笑)。でも、私は難しそうな環境、条件だと逆にやってやる!と思うほうで、頼まれると乗るタイプともいえますが、やらずにできないと言うのが一番悔しいので、言われたらやらなきゃ、と思いますし、やるなら絶対にいいものにしたいと思っています。



ここは砲台の跡地で、横にあいている穴は弾薬庫、周囲には色々な音がします。飛行機の音、フェリー乗り場のエンジンの音、自然の鳥の音も聞こえています。そこで弾薬庫に入ったとき、そのうちの1つの音だけ聞こえるようにすれば、自分だけのシアターができるのではないか、と考えました。弾薬庫の壁に吸音パネルを設置し、こちらはフェリーのエンジンの音、隣は木の音といったように、弾薬庫が向いている方向にある音だけが聞こえるようにしました。自然の音もそうですが、自分が表現する音より、強いものを克服できるか、というのは課題だと思っています。
細井美裕's EYES 8誰かに任せるとき、最初に任せた時点で全て終わっている。
なぜこのコンセプトにたどり着いたかのベクトルを全部説明したい。
【会場からの質問】作品が大掛かりで、たくさんの人が関わっている。そのチームのマネジメント、モチベーションは、どうやっているのか。

自分の作品を完全に一人で作ることはほぼありません。誰かに任せるとなったときに、最初に任せた時点で全て終わっていると思っていて、それで自分が全く想定していなかったものが出てきても、それは頼み方が悪いと思います。違うものが出てきても自分の作品が成立するようにするのがマネジメントだと思うので、頼む時が一番怖いですね。依頼するときは、とにかくコンセプトを話すのに時間をかけるようにしています、過去にこういう作品を作ってこうなったからこうなって、という前段階の話からして、だからこれが必要だとか、私がなぜこのコンセプトにたどり着いたかのベクトルを全部説明したいです。

今のところ全然違うものが出てきた、ということはありません。これは一重にこれまでの先輩作家さんたちのおかげだと思っています。過去にいろいろな作品をやってきたエンジニアさんに依頼していることがほとんどなので、情報として何が足りないのかを先に聞いてくれます。聞かれると、それは次からは最初に伝えなければいけないことだ、と気付くことができます。メディアアートは今の40〜50代の方達がソフトウェア(表現に使うもの)の拡張可能性を格段に高めてくれたと思っていて、私たちの世代はそれが使いやすくなって、サンプルもたくさんあるので、よりコンセプトがないと、弱いものになってしまいます。そういった意味でも、コンセプトを伝える、ということは強く意識していきたいと思っています。
山口周さんからのコメント
(対談を終えて)僕はシンプルに楽しかったです。自分も音楽が好きで、音というもの、人間が反応できるものはすべて追求したいという思いがあるので、ある意味で快楽主義者なんですよね。なので、細井さんのような方が、エクスプローして、人間の知覚の地平を広げてくれるのはとてもいい。今テクノロジーが色々でてきたので、これまでの人類が聴き得なかった、音楽を超えた「サウンド」が楽しめるようになってきて、それは人間の感性の地平を押し広げていってると思います。単純にシンセが出る以前の人類はシンセの音、情感は味わえなかったので。これから人間の感性の地平がどう拡がるか、ますます楽しみですし、僕の感性の地平を拡げていただけると、期待しています。



▼細井さんがサウンド・演出を手がける演劇作品(2023年10月愛知県芸術劇場にて開催)
▼細井さんがプロジェクトメンバーとして参加する舞台芸術作品
(2024年2月ロームシアター京都にて開催)
高谷史郎(ダムタイプ) 新作パフォーマンス『タンジェント』




▼トークシリーズ(全5回)詳細はこちら
<未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>Vol.4
音で表現の制限を拡張する 〜空間の持つ「響き」が新しい感覚を開く〜
<未来を拡張するゲームチェンジャー U-35>Vol.4 音で表現の制限を拡張する 〜空間の持つ「響き」が新しい感覚を開く〜

ゲストはサウンドアーティストの細井美裕さん。「空間」と「音」にフォーカスしたサウンドインスタレーション、そのコンセプト、ビジョンを体感した人は、世界が広がり、新しい感覚に気づき始めます。音楽にも造詣が深い山口周さんとの対談で、音による表現、感性の拡張など、幅広く議論いただきます。【オンライン開催】


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