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加藤嘉一と竹中平蔵が、日本と中国のこれからを激論

中国で最も有名な日本人が語る、中から見た中国と外から見た日本

アカデミーヒルズセミナー政治・経済・国際キャリア・人
更新日 : 2012年03月08日 (木)

第2章 世論の締め付け強化は、共産党のガバナンス力低下の現れ

加藤嘉一氏

加藤嘉一: 「内側から見た中国」については、象徴的な事件が最近いろいろ起きていると思います。まだ記憶に新しいと思うのですが、高速鉄道脱線事故で車両を埋める事件がありましたよね。これまでなら党首脳部の意向によって、情報そのものが隠され、車両を埋める行為も成功したと思うのです。共産党にガバナンス力があったからです。

でも昨今、共産党のガバナンス力が著しく低下していると感じます。その典型がインターネットです。今、中国のインターネット人口は5億人、携帯電話ユーザーは9億人です。もともとどこにいてもチャイナタウンをつくってしまう中国人は、インテリジェンスとネットワーキングには長けています。ですから情報がどんどん流出するようになって、今や国家の安定やプロパガンダを担当する部門が後手に回って、いろいろ締め付けているのです。官のパワーと民衆のパワーが、歴史的に類を見ないほど均衡しています。

先日、中国共産党が重要会議において「文化体制改革」を提唱しました。これは出版やマスメディアなどの文化産業に対する公共投資を強化するというものです。「単に世界の工場、市場であるだけでは、中国は世界からリスペクトを得られない」ということに首脳部もストレスを感じていたので、「これからは文化が大事だ」というわけですが、私は「これって文化大革命と何が違うんだ?」と思うのです。知識人やインテリを上から抑え込んだ、あの文化大革命と本質的に何が違うのかと。実際、中国共産党中央宣伝部というプロパガンダを担当する機関が、『南方周末』などリベラルな新聞に対する監視を強化する指令を出し、締め付けを強めています。

なぜ今、文化体制改革なのかと考えてみると、来年(2012年)は胡錦濤さんが習近平さんに、たすきを渡す年です。文化体制改革は政権の過渡期をうまく乗り切るために、胡錦濤さんが打ち出した最後の大きな国策だと私は思います。胡錦濤さんの時代は、オリンピック、万博、建国60周年、アジア大会、共産党創立90周年など、様々なナショナルイベントがあったために、国内改革はほとんど進みませんでした。また、こうしたイベントを成功させるために、胡錦濤さんは世論やインターネットを徹底的に押さえ込みました。安定第一というわけです。今、中国では国防費よりも治安維持費のほうが多いんです。要は、不安要素をつぶすのに躍起になっているのです。

この文化体制改革に対して、私のいる北京大学の学生は「文革時代に逆戻りだ。いい人材が評価されない。共産党に忠誠を尽くした人間だけが上に上がっていくことになる」と、みんなとても落ち込んでいました。北京大学というと五・四運動や天安門事件などを思い浮かべるかもしれませんが、当時の面影は今や全くありません。民主化や政治の自由を求める言動というのは皆無に近いです。天安門事件の「て」の字も口にしません。口にするとキャリアに傷がついてしまうというプレッシャーが非常に大きいからです。

一方、清華大学で先日講義する機会があって「文化体制改革は、私には監視強化の動きにしか見えません。そもそも文化に体制ってあると思いますか? 文化を体制化する、管理するということはあると思いますか?」と聞いたら、なんと、みんな「あると思う」と肯定的な評価だったんです。「中国は今、高度な経済発展の成長期にあって、いろいろな社会の矛盾が起きていて、格差はすごいし、社会保障はままならない。そういった中で、党が彷徨える国民を誘導することは国益にかなう」というロジックで文化体制改革を評価していました。

この反応には、背筋が寒くなる思いでした。清華大学は胡錦濤さんが卒業した大学です。私はあの清華大学生たちの保守的な素顔を横目で見ながら、「胡錦濤さんはここから生まれたんだな」と実感しました。文化体制改革というのはイデオロギー強化にほかなりません。マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、そういう偉大な先人たちの功績に則って中華文明を復興する、そういうシナリオです。リベラリストから言わせれば、締め付け以外の何物でもないのですが。

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加藤嘉一
ダイヤモンド社


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加藤嘉一 (英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト/北京大学研究員/慶應義塾大学SFC研究所上席所員/香港フェニックステレビコメンテーター)
竹中平蔵 (アカデミーヒルズ理事長/慶應義塾大学名誉教授)

加藤 嘉一(コラムニスト)
竹中 平蔵(慶應義塾大学教授/アカデミーヒルズ理事長)
政治・経済から一般の中国人の生活まで、あらゆる角度から日本と中国のこれからについて、会場の皆さまにもご参加いただきながら議論します。


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