記事・レポート
伝統と現代の融和を求める旅
日本元気塾セミナー in 根津美術館
館長・根津公一×建築家・隈研吾×日本元気塾塾長・米倉誠一郎
日本元気塾建築・デザイン文化
更新日 : 2010年11月09日
(火)
第5章 西洋の建築、文化、絵画に見られる日本建築の影響
隈研吾: 浮世絵師の安藤広重が描いた有名な日本橋の絵『大はしあたけの夕立』があります。この絵のどこが新しく、その新しさを見つけた人は誰だったかという話なんですが、一人は印象派です。
まず、どこが新しいかというと、1つは自然と人間が調和しているところです。雨が直線で描かれていますが、ヨーロッパでは人工のものが直線で、自然現象というのは野蛮なもので敵なんです。ですから自然現象を直線では表現しません。『大はしあたけの夕立』では橋と直線の雨は仲間で、この背景には自然と人工物は調和しているという世界観があると言われています。
それから森が重なり合っています。ヨーロッパの透視図法では、奥行きを表現するときは重なり合わせるのではなく、斜めの線で表現します。これは人工と自然が対立しているという世界観に基づいていると言われています。それに対して浮世絵は、自然現象も人工現象も重なり合わせています。絵の透明感は、この重なり合いから生まれたと言われています。それにいち早く気づき、感激したのはゴッホです。ゴッホは広重のことをとても尊敬していたようで、『大はしあたけの夕立』を模写しています。
もう一人、浮世絵に感激した人に、フランク・ロイド・ライトという建築家がいます。特に広重の大ファンで、「広重から透明感を学んだ」「広重は世界の絵画史の中で画期的な人だ」と自伝に書いています。彼は大きな屋根の下に透明感があるという日本建築のやり方——まさにこの根津美術館がその典型ですが——そのやり方を初めてアメリカに持ち込んだ人物です。
そのアメリカでのライトの影響が、今度はヨーロッパにわたります。近代建築にガラス張りの建築がありますが、ミース・ファン・デル・ローエは屋根の下にガラス張りの透明な空間をつくっています。これはライトの影響で、その原点は実は日本建築にあると言われているのです。
ライトは岡倉天心の『茶の本』にも大きな影響を受けています。『茶の本』にはお茶のことだけでなく、空間のことも書かれているんです。そこでライトが一番重要だと思ったのは、「箱よりも、中身の空気のほうが大事だ」ということです。日本の“間”の思想ですね。ライトは『茶の本』にショックを受けて、その後2週間仕事ができなかったほど影響を受けたのです。
このように日本建築は西洋の建築にも、絵画にも、文化にも大きな影響を与えたのです。こうした屋根や間の精神を実現したい、というのが私がこの根津美術館にかけた想いです。
米倉誠一郎: 自然と人工物を分けてとらえる西洋哲学に対して、日本はそうしたものを超えて、すべて関係性の中で考えるということですね。では実際の根津美術館の中で、隈さんが「ここを見てほしい」と思うところはどこですか。
隈研吾: まずはアプローチです。日本建築でとても大事なところです。根津美術館には、みなさんブティックが並んでいる賑やかな表参道から来ますよね。そこから静かなこの根津美術館のモードに入るには、モードを切り替えなければいけません。
モードを切り替えるとき、1つは方向転換という方法があります。人間は不思議なもので、方向転換すると同じ場所でも気分がガラッと変わるんです。日本建築の茶室の路地によくみられるつくりです。
根津美術館では曲がってまずモードが変わり、そこで明るさもガラッと変わります。そうするために、庇から3m以上屋根を出しています。この屋根と隣にある竹によってフィルターされた光が独特な感じの暗い空間をつくっていて、来館者はここを50mぐらい歩くんです。これでだんだん表参道モードから切り替わります。
それから床も大事です。日本の空間というのは靴じゃなくて、やはり裸足で歩いて足からいろいろな質感を感じるという身体性みたいなものが大事なんです。畳がそうですよね。人間というのは何を踏んでいるかでも気分が変わります。
そこで、床には展示室の中の石と同じ、中国の砂岩を敷きました。僕も根津さんも大好きな、すごく上品な砂岩です。ここを普通のアスファルト舗装にしたら、やっぱり気分は入れ替わらないんです。砂岩にすることで、来た人が「ちょっと違うものの上を歩いているな」思うわけです。
アプローチの「暗さ」「方向転換」「床の質感」で気分が変わるようにしています。
まず、どこが新しいかというと、1つは自然と人間が調和しているところです。雨が直線で描かれていますが、ヨーロッパでは人工のものが直線で、自然現象というのは野蛮なもので敵なんです。ですから自然現象を直線では表現しません。『大はしあたけの夕立』では橋と直線の雨は仲間で、この背景には自然と人工物は調和しているという世界観があると言われています。
それから森が重なり合っています。ヨーロッパの透視図法では、奥行きを表現するときは重なり合わせるのではなく、斜めの線で表現します。これは人工と自然が対立しているという世界観に基づいていると言われています。それに対して浮世絵は、自然現象も人工現象も重なり合わせています。絵の透明感は、この重なり合いから生まれたと言われています。それにいち早く気づき、感激したのはゴッホです。ゴッホは広重のことをとても尊敬していたようで、『大はしあたけの夕立』を模写しています。
もう一人、浮世絵に感激した人に、フランク・ロイド・ライトという建築家がいます。特に広重の大ファンで、「広重から透明感を学んだ」「広重は世界の絵画史の中で画期的な人だ」と自伝に書いています。彼は大きな屋根の下に透明感があるという日本建築のやり方——まさにこの根津美術館がその典型ですが——そのやり方を初めてアメリカに持ち込んだ人物です。
そのアメリカでのライトの影響が、今度はヨーロッパにわたります。近代建築にガラス張りの建築がありますが、ミース・ファン・デル・ローエは屋根の下にガラス張りの透明な空間をつくっています。これはライトの影響で、その原点は実は日本建築にあると言われているのです。
ライトは岡倉天心の『茶の本』にも大きな影響を受けています。『茶の本』にはお茶のことだけでなく、空間のことも書かれているんです。そこでライトが一番重要だと思ったのは、「箱よりも、中身の空気のほうが大事だ」ということです。日本の“間”の思想ですね。ライトは『茶の本』にショックを受けて、その後2週間仕事ができなかったほど影響を受けたのです。
このように日本建築は西洋の建築にも、絵画にも、文化にも大きな影響を与えたのです。こうした屋根や間の精神を実現したい、というのが私がこの根津美術館にかけた想いです。
米倉誠一郎: 自然と人工物を分けてとらえる西洋哲学に対して、日本はそうしたものを超えて、すべて関係性の中で考えるということですね。では実際の根津美術館の中で、隈さんが「ここを見てほしい」と思うところはどこですか。
隈研吾: まずはアプローチです。日本建築でとても大事なところです。根津美術館には、みなさんブティックが並んでいる賑やかな表参道から来ますよね。そこから静かなこの根津美術館のモードに入るには、モードを切り替えなければいけません。
モードを切り替えるとき、1つは方向転換という方法があります。人間は不思議なもので、方向転換すると同じ場所でも気分がガラッと変わるんです。日本建築の茶室の路地によくみられるつくりです。
根津美術館では曲がってまずモードが変わり、そこで明るさもガラッと変わります。そうするために、庇から3m以上屋根を出しています。この屋根と隣にある竹によってフィルターされた光が独特な感じの暗い空間をつくっていて、来館者はここを50mぐらい歩くんです。これでだんだん表参道モードから切り替わります。
それから床も大事です。日本の空間というのは靴じゃなくて、やはり裸足で歩いて足からいろいろな質感を感じるという身体性みたいなものが大事なんです。畳がそうですよね。人間というのは何を踏んでいるかでも気分が変わります。
そこで、床には展示室の中の石と同じ、中国の砂岩を敷きました。僕も根津さんも大好きな、すごく上品な砂岩です。ここを普通のアスファルト舗装にしたら、やっぱり気分は入れ替わらないんです。砂岩にすることで、来た人が「ちょっと違うものの上を歩いているな」思うわけです。
アプローチの「暗さ」「方向転換」「床の質感」で気分が変わるようにしています。
伝統と現代の融和を求める旅 インデックス
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第1章 海外に買い叩かれていた日本の美術品を守った
2010年11月02日 (火)
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第2章 美術館の使命は3つ
2010年11月04日 (木)
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第3章 世界が注目する日本建築の精髄とは?
2010年11月05日 (金)
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第4章 自然と人間の関係をデザインする
2010年11月08日 (月)
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第5章 西洋の建築、文化、絵画に見られる日本建築の影響
2010年11月09日 (火)
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第6章 チームの価値観を統一するために
2010年11月10日 (水)
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第7章 大胆な選択と集中で改修費用を捻出
2010年11月11日 (木)
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第8章 築いた富を社会に還元する。きっかけはロックフェラー
2010年11月12日 (金)
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第9章 日本文化に触れる大切さと、語る難しさ
2010年11月15日 (月)
該当講座
日本元気塾セミナー in 根津美術館
伝統と現代の融和を求める旅
~館長・根津公一×建築家・隈研吾VS米倉誠一郎 新創事業の全貌を語る~
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