記事・レポート
戸田奈津子氏が語る「映画の魅力を表現する字幕翻訳」
~1秒4文字、10文字×2行の世界~
更新日 : 2010年05月18日
(火)
第8章 ユーモアを字幕にするのは難しい
戸田奈津子: 字数制限があるだけでなく、字幕は英語と日本語という異なる文化の中で橋渡しをするわけですから、文化、風習、宗教、政治など、いろいろなものが障害になってきます。そんな中で、限られた文字数で、的確に橋渡しするのはとても大変です。
特に橋が架からないのがユーモアです。これは本当に難しい。映画館でコメディを観ると、外国のお客さまはワーッと笑っているのに、日本人はシーンとしていることがありますよね。どんなに字幕で頑張っても、やはりお手上げというときがあって、こういうときは本当に悲しいです。
こんなときは必ず、「なんで日本人は笑えないんだ? 字幕が悪い!」と、字幕のせいにされるのですが、そもそもユーモアの感覚が違うので、どうしても説明しなければ笑えないものが多いのです。でも、説明をつけても面白くないのがジョークというものです。
例えば英語のダジャレは、英語の言葉遊びだから、日本語になるわけがないですよね。日本語で「橋と箸」をかけるジョークがありますが、これは同じ「はし」という音だからダジャレになるわけで、英語で「ブリッジとチョップスティック」じゃあジョークにならないわけです。そういうものが山ほどあります。コメディは非常に難しいので、ない知恵を絞ります。
例えば——『007』シリーズのジェームス・ボンドはダジャレが大好きな男で、連発するんです。ボンドをダニエル・クレイグが演じた『慰めの報酬』(2008年公開)で、こんなシーンがありました。
ボンドの行く先々で、人がどんどん死に、死体がゴロゴロ転がる。今も死体がボンドの目の前にある。そこに上司のMから電話がかかってきて、「どうなっているの?」と訊くんです。
ボンドは「It's dead end.」と答えます。dead end、つまり袋小路に入ってしまった、しかしそこに死人がいるので、「本当に人が死んでいる。しかも袋小路で事件は行き詰っている」という意味を掛けた字幕にしなければならない。台詞の長さは1秒もありませんから、3文字から、せいぜい4文字で、収めねばなりません。
ジョークのセンスのある方は、いろいろな解決策が思い浮かぶかもしれませんが、私はジョークはあまり上手じゃないものですから、ない知恵を絞って「脈がない」にしました。両方の意味が入っていて、4文字で収まりました。
記事をシェアする
ブログに書く
この記事のURLはこちら。
http://www.academyhills.com/note/opinion/10031708MovSub.html
戸田奈津子氏が語る「映画の魅力を表現する字幕翻訳」 インデックス
-
第1章 映画の字幕は日本だけのもの
2010年03月17日 (水)
-
第2章 日本人が字幕を好む3つの理由
2010年03月25日 (木)
-
第3章 映画にも、若者の活字離れの影響が出ている
2010年04月01日 (木)
-
第4章 若者の映画離れを食い止めたい
2010年04月09日 (金)
-
第5章 初めて字幕の存在に気づいたのは、就職活動のとき
2010年04月20日 (火)
-
第6章 字幕の世界に入るまで、20年かかった
2010年04月27日 (火)
-
第7章 字幕は「1秒4文字」
2010年05月10日 (月)
-
第8章 ユーモアを字幕にするのは難しい
2010年05月18日 (火)
-
第9章 アシスタントは、いません
2010年05月26日 (水)
該当講座
戸田奈津子 (映画字幕翻訳者)
戸田 奈津子(映画字幕翻訳者)
10月の六本木ヒルズクラブランチョンセミナーでは映画字幕翻訳者の戸田奈津子氏をお迎えします。「字幕翻訳者になりたい」と、夢を叶えるために、ゼロから出発し、門のない世界に挑み続け、字幕翻訳者として活躍するまでに20年間の歳月を振り返り、映画に魅せられたご自身の人生と、1秒4文字、10字×2行という厳しい文字制限の中から生まれる字幕翻訳の世界についてお話いただきます。
BIZセミナー
教養 文化
注目の記事
-
11月26日 (火) 更新
本から「いま」が見えてくる新刊10選 ~2024年11月~
毎日出版されるたくさんの本を眺めていると、世の中の”いま”が見えてくる。新刊書籍の中から、今知っておきたいテーマを扱った10冊の本を紹介しま....
-
11月26日 (火) 更新
メタバースは私たちの「学び」に何をもたらす?<イベントレポート>
メタバースだからこそ得られる創造的な学びとは?N高、S高を展開する角川ドワンゴ学園の佐藤将大さんと、『メタバース進化論』を出版されたバーチャ....
-
11月20日 (水) 更新
aiaiのなんか気になる社会のこと
「aiaiのなんか気になる社会のこと」は、「社会課題」よりもっと手前の「ちょっと気になる社会のこと」に目を向けながら、一市民としての視点や選....
現在募集中のイベント
-
開催日 : 12月17日 (火) 19:00~20:30
note × academyhills
メディアプラットフォームnoteとのコラボイベント第1回。近著『きみのお金は誰のため』が25万部超のベストセラーとなっている、社会的金融教育....
「そもそもお金って何?未来をつくるためのお金の教養」