記事・レポート
鎌田浩毅の『一生モノの勉強法』実践講座
落ちこぼれ学生から、世界トップレベルの研究者へ
更新日 : 2010年03月15日
(月)
第5章 火山の論文を理解してほしいのは、少数の学者ではなく富士山周辺の30万人
鎌田浩毅: もう一つ大事なことは、教養です。私は火山の専門家ですが、専門としてだけでは勝負していません。火山学者ですから、もちろん地球の勉強をしました。火山で論文を書きました。火山学会で理事をしてそれなりに認められました。しかしそれだけではダメなのです。なぜなら、それだけでは社会の役に立たないからです。例えば、私は火砕流の論文を幾つか書きましたが、その論文を読む人はどのぐらいかというと、世界に500人ぐらいです。国際火山学会が出している雑誌があって、そこに載せないと科学者としては認められないのですが、載ったとしても実際には500人ぐらいしか理解しないわけですね。しかし、私が理解してほしいのは、富士山の周りにいる30万人ぐらいの人です。有珠山、雲仙普賢岳、その周りに住む何万人という人に、これから噴火が起きることをきちんと理解してもらって、逃げてもらわなければいけないのです。
そのときに必要になるのは何かというと、コミュニケーションの技術です。ただ英語の論文を国際火山学会誌に出して学者500人に読んでもらっても、誰も逃げないわけですよ。そうではなくて、講演会をしたり、テレビに出たり、本を執筆したりして火山学を一般の方に伝えて、自分の身を守っていただく。そういった形で情報を提供するコミュニケーションの技術が無いと、私の研究は生かされないわけです。
一つ、非常に悲しい思いをしたことがあります。1991年6月3日、雲仙普賢岳。覚えている方もいらっしゃるかもしれませんが、そこで43人の方が亡くなりました。たくさんの人が、火砕流の写真を撮ろうと身構えていました。テレビ局の方や新聞記者、それから何と火山学者も3人いたのです。思わぬ犠牲者が出た理由は、一つは火山学が未熟だったこと。そしてもう一つは、危険なことは分かっていても、それがきちんと伝わっていなかったこと。何となく地元の人が行っているから安全だろう、火山学者がいるから安全だろうと思って、皆が皆に寄りかかって亡くなってしまったのです。
つまりそこで大事なことは、火山の研究だけではなくて、それをどう伝えるか。そして「ここは入ってはいけません」といかに法制化をするか。また火山災害をきちんと理解してもらうために、どう教育するか。そんな火山学以外のたくさんのことを準備しないとダメなのです。もちろんそれにはお金がかかるから、予算の手当も行政官も必要です。もう一回話を戻しますと、一生モノの勉強法として大事なのは、自分の専門の勉強だけでは不十分だという認識です。その周りの、もっと広いことを知っていなければ、独りよがりになってしまうわけです。これがまさに教養なのです。
一般市民に火砕流や地震から身を守ってもらうためには、彼らの関心があることを話さなければいけません。その一つがファッション、そしてもう一つはお金です。地震学の講義をしても簡単には伝わりませんから、例えば「阪神・淡路大震災の復旧に11兆円もかかりました。東海地震と南海地震が来たら80兆円ですよ」などと言うと、伝わるのです。お金に換算した分かりやすい説明もしなければいけない。このように人に説明するときは、たくさんの教養がいるのです。こうした説明を代替案と言います。オルタナティブ・ウェイですね。たくさんの代替案があればあるほど、人に伝わるわけです。そのコミュニケーションの技術を身につけないと、自分の専門も生きません。私の火山学をちゃんと生かすためには、私自身がもっと間口を広げること、どんな人とも話せることを目指しているわけです。一生モノの勉強法は、武器と教養の二つからなります。武器は自分の本来の仕事です。公認会計士の方は、やはり会計で勝負するわけですが、自分の分野は皆さんよくできていますね。しかし足りないのは幅を広くすること、教養の方です。それは仕事が広がった先でコミュニケーションと深く結びついているのです。
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該当講座
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鎌田 浩毅(京都大学教授)
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