アートと 天文と 資本主義 <新WEBセッション> vol.4
NHK「欲望の資本主義」のプロデューサー・丸山俊一さんの回答編
異分野の掛け合わせで何が起こるのか? WEB鼎談シリーズ 第1弾!読者の質問・感想も大募集中です!
4回目は、NHKエンタープライズ番組開発エグゼクティブ・プロデューサー 丸山俊一さんの回答編です!質問者は、森美術館館長 片岡真実さんと天文学普及プロジェクト「天プラ」代表で東京大学准教授の高梨直紘さん。前回記事の「丸山さんの資本主義の最先端」を読んだ片岡さんと高梨さんの質問に、丸山さんがズバッと答えてくださいました。
<セッションは、次のように進めていきます>
①「アート、天文、資本主義の最先端」って何ですか?
[相互質問]
②片岡さんの回答編(質問者:高梨さん、丸山さん)
③高梨さんの回答編(質問者:丸山さん、片岡さん)
④丸山さんの回答編(質問者:片岡さん、高梨さん)←今回ココです
⑤追加質問・読者質問に答える
「モノで差別化するのではなく、イミで差異化するポスト産業資本主義では、何かを欲しい、何かをしたいという欲望を支える感情、心そのものが「商品」となることで二重の不安定性が生まれる」というお話、大変興味深いです。
現代アートの世界では、モノよりもイミを重視する見方は20世紀初頭に萌芽し、1960年代にコンセプチュアル・アートとして確立されました。1990年代以降には、そのイミに世界各地の固有の文脈を読み解くストーリーが加わったような気がします。
一方、アートの市場では物理的なモノとしての所有が可能なメディア(絵画、彫刻など)が未だに幅を利かせています。しかも新自由主義が生み出した富裕層によって、世界のアート市場は飛躍的に発展してきました。
ただ、日本ではアート市場がなかなか成長しないと言われ続けていますが、その理由について丸山さんが思っていらっしゃることはありますか?
質問へのご回答、さらなるご質問、ありがとうございます。
やはり日本の歴史的な外来文化受容の問題に行き着かざるを得ないように思います。
些か乱暴な図式を提示するなら、この国には、欧米からの様々な文化、思想をタテマエで「受容」しつつ、実はホンネでは受け入れ難い強固な地層が歴史的にあるように思えるのです。明治初期の「和魂洋才」が象徴的ですが、長い歴史の中で、常に良くも悪くも「精神性」がなんらかの暗黙知として、あるいは集団的無意識として守られる、この国の文化的な土壌は大きいと思います。
外来の思想は多くの場合カタカナで表記され、無意識まで侵食しないよう、表層で独自の解釈がなされ、それ以前の社会制度の中に組み込まれていく…、そんなイメージがあります。
それは「世間」が幅を利かせ、「市民社会」が成立しないという嘆き、繰り返されてきた批判の文脈でも説明できますが、故加藤周一さんが「雑種文化」と名付けたような側面に可能性を見出だせば、独自の解釈による多様性、寛容性を生む両面があるように思います。
「芸術」というジャンルについても、欧米のartに独自の解釈が加えられ一つのジャンルとなり、artの原初の精神のままでは集団的な無意識に溶け込んではいないから、という言い方もできるのかもしれません。もちろん現代では、岡倉天心が、漱石、鴎外が葛藤を抱えた時代とは比べ物にならない様々な往来、交通があり、アートのハイブリッド化も加速度をつけているのだとは思いますが、この一見柔軟に見えながら強固な、不思議な土壌を視野に入れなければ、事態を見誤るのがこの国の難しさと面白さだといつも考えています。
皮肉なことに、その屈折が「サブカル大国ニッポン」を生んでいる土壌にもなっているのではないでしょうか?さらに言えば、アメリカ型市場経済すら、良くも悪くもタテマエで「受容」しただけだったとしたら…?
そして今、コロナ・ショックで揺れる時代、ウイルスという「異物」を脅威と感じた世界が、自然との向き合い方で新たな想像/創造を始める時…。この日本も、精神のベースにあるものが露わになって来た時、また少し新たな位相が生まれるのかもしれません。
実は、もともと日本の土壌、文化の無意識=精神性とは、主客一体という認識法にもつながる自然との一体感をベースとしていたはずだからです。 長くなりましたが、こうして、ある意味「新自由主義」すらも、良くも悪くも、独自の解釈で消化してきた国だと考えれば、「アート市場」も日本独自の様相を呈してもおかしくないように思うのです。
仮に何億年も続く持続性の高い社会システムがあるとすれば、その世界では「欲望」は存在すると思われますか?
欲望は規範あるいは技術によって十分に抑え込まれているのか、あるいは、欲望そのものが変質ないし消滅しているのか。
はたまた、欲望を活かしてそのシステムを駆動し続けているのか…。
地球の有限性が見えて来た中で、無限の欲望と持続性は両立しうると考えて良いのかどうか、興味深く思っています。
質問へのご回答、さらなるご質問、ありがとうございます。結論から申しあげますと、「欲望」は無くなることはありません。ただし、それを「欲望」と定義すれば、の話ですが。
いきなり妙なコンニャク問答をしてしまいましたが、「欲望」は「欲求」とは異なり、際限なく生まれるもの、人々の想像力が生み出すものです。ましてや、現代は「ポスト産業資本主義」とも呼ばれる時代、つまりサービス、ソフトに関わる部分で動く経済の比重が増して、無形の「商品」による差異化が行なわれ、差異が差異を生み、そこに商品価値が生まれる…、言わば夢が作られ消費される部分が大きくなっています。そこには、常に両義性が伴います。
夢はエネルギーでもありますが、悪夢にハマってしまえば、困ったことになります。欲望は文化コードの中にあり、「ないものねだり」「青い鳥」という比喩を使いたくなる所以です。ですから、その意味で「欲望」をある場に生まれた知性による想像力が見せる夢であるとするならば、確実に「膨張」し続けるのだと思います。仮に、その未知なる生命体が独自の文明、文化、社会のコードを形作っていたとしても、やはり「欲望」は永遠に不滅…、ではないでしょうか?
しかし、ここで大事なのはその「膨張」は産業社会のモノ文明の中では、資源を使い尽くす形をとりますが、ポスト産業資本主義では、文化のコードの中では無形であり、時間を食い、想像力を食っていくことにその本質がある、ということです。
その世界のコードの中には存在しない生命体=宇宙人が見たら、まさに「欲望のバブル」です。そもそも、この地球上にいる人間という種が現代社会の中で持つ「欲望」という概念そのものが理解できない可能性もありますね…。
たとえば、コロナとの共生を余儀なくされるいま、人と人との距離間を慮り、星を眺めて内省的に自らと対話することを再び中世の人々のように「欲望」することに気付いたとしたら…、それは、「欲望」の「縮小」なのでしょうか?ある意味、星にロマンを見出だすことは、究極の精神的な達成を求める「欲望」とも言えるでしょう。
ウイルスが、結果的に持続性という概念にも目を向けさせる皮肉を噛みしめながら、自らの存在を含め生きとし生けるものの生命の根源に想いを馳せることもまた、「欲望」の一つの形なのだと思います。
未知なるものについてポジティブに、そして大局的な視点から見ておられる科学者の視点が非常に興味深かったです。
丸山氏が「市場原理主義の修正」について頭出しされています。それと同じで科学も道徳・倫理観が内在的に求められると思うのですが、どのような議論が科学界で行われているのか気になりました。未知の部分が多すぎると道徳のような話にはならないのでしょうか?
アートと 天文と 資本主義 <新WEBセッション> インデックス
講師紹介
片岡真実(かたおか・まみ)
森美術館 館長
ニッセイ基礎研究所都市開発部、東京オペラシティアートギャラリー・チーフキュレーターを経て、2003年より森美術館。2007〜09年はヘイワード・ギャラリー(ロンドン)国際キュレーター兼務。第9回光州ビエンナーレ(韓国、2012)共同芸術監督、第21回シドニー・ビエンナーレ芸術監督(2018)。CIMAM(国際美術館会議)会長、京都造形芸術大学大学院教授。日本及びアジアの現代アートを中心に企画・執筆・講演等多数。
丸山俊一(まるやま・しゅんいち)
NHKエンタープライズ番組開発エグゼクティブプロデューサー
東京藝術大学客員教授/早稲田大学非常勤講師
「欲望の資本主義」を始めとする「欲望」シリーズ、「地球タクシー」、「ネコメンタリー」他、時代の潮流を捉える企画を開発、制作し続ける。
著書「14歳からの資本主義」「結論は出さなくていい」共著「欲望の資本主義1~3」「マルクス・ガブリエル欲望の時代を哲学するⅠ、Ⅱ」「AI以後」他多数。
「やめられない、止まらない。欲望が欲望を生む、欲望の資本主義。」
2016年5月、このフレーズにて大好評で幕を開けた「欲望の資本主義」。「欲望の経済史/民主主義/時代の哲学/哲学史」など様々な広がりのあるシリーズ展開しています。
高梨直紘(たかなし・なおひろ)
天文学普及プロジェクト「天プラ」代表
東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム 特任准教授
1979年(昭和54年)広島県広島市生まれ。2008年(平成20年)東京大学大学院博士課程修了 博士(理学)、国立天文台 広報普及員・研究員(ハワイ観測所)を経て、現在に至る。天文学と社会の関係をどのようにデザインするか、という観点から実践的な研究活動を行っている。六本木天文クラブの企画責任者。主な著作物に「一家に1枚 宇宙図」(共著)など。
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