記事・レポート

SFアポカリプス

アポカリプスは黙示録

更新日 : 2009年03月16日 (月)

第6章:究極のSFアポカリプス、『深海のYrr』

『深海のYrr(イール)〈上〉・(中)・(下)』

澁川雅俊: 私は、この5月(2008年)の連休に読む本を探しに、行きつけの町の本屋に出かけました。あれこれと品定めをした末に買ったのがハヤカワ文庫の『深海のYrr(イール)〈上・中・下〉』(フランク・シェッツィング著、北川和代訳、2008年早川書房刊)でした。

お読みになった方はいらっしゃるでしょうか? 帯に「ドイツで『ダ・ヴィンチ・コード』からベストセラー第1位の座を奪った脅威の小説、ついに日本上陸」と書かれていたのですが、その後あまり評判になっていないので、これを読まれた方はそれほど多くはないのではと思っています。

私は「Yrr? なんだこりゃ! 変なタイトル」と思いながらも、帯解説に惹かれて手に取ったのです。帯に書かれたうたい文句には少なからず騙されてきましたが、これはそのうたい文句通りでした。私の読後感では、「ダ・ヴィンチ・コード」にも勝るエンターテインメント小説で、究極のSFアポカリプスでした。

●海中の異変がこのSFアポカリプスのテーマ

ウェルズの『宇宙戦争』での危機の原因は、文字通り宇宙からやってきました。『日本沈没』や『死都日本』での原因は究極的には地球の構造にありました。

このSFでのアポカリプスは、海(海浜や大陸棚や海底)で起こりました。これからこの本を読もうと思われる方もお出でになるかも知れません。その障りになってはいけませんので、物語の中味を詳しくお話しすることは致しません。しかし多少それに触れないことには、私がこれを究極のSFアポカリプスとする理由がはっきりしないので、ごく簡単に紹介します。

枯渇しつつある石油にかわってメタンガスが注目され、メタンハイドレート発掘技術がノルウェー海の大陸棚で開発されている。メタンハイドレートとは、シベリアの永久凍土や海底などに氷結して存在しているメタンガス田のことです。

その現場でノルウェーのある海洋生物学者があるとき無数の異様な生物、巨大なゴカイが海底のメタンハイドレートの層を掘り続けていることを発見した。しかしその理由が判然としない。一方カナダ西岸ではタグボートやホエールウォッチングの船をクジラやオルカの群れが頻々と襲い、米国のあるクジラ学者が調査を始める。しかしその理由も判然としない。さらに世界各地で海難事故が続発し、猛毒のクラゲが出現、フランスではロブスターに潜む病原体が猛威を振って多くの人びとを死に至らしめる。一体母なる海で、何が起きたのか。

異変はさらに続く。海底で大規模な地滑りが発生、それが原因で大津波が起き、ヨーロッパ北部の海浜の都市は壊滅。そしてさらなる異変が。ロブスターでフランスを襲った病原体が今度は奇怪な深海カニの大群がアメリカの大都市を襲撃して、大パニック。まさに世界終末、人類の滅亡の様相を呈する。

その未曾有の事態を収拾すべく、米国の主導で先の海洋生物学者やクジラ学者はじめ世界中の優秀な科学者(海洋生物学者だけではなくおよそ海中・深海・海底・海底地質のあらゆる現象の研究者、生物化学者、海中探査技術者、コンピュータエンジニアなどなどにわたる最先端の研究者や技術者たち)のチームが、異変の原因を探り始める。

ついに研究者たちはその原因を突き止めます。深海に生息する単細胞生物が集合、あるいは合体して知的生命体に進化したYrr(小説の中での命名。何故その名がつけられたのかはよくわからなかった)が長期にわたって海洋環境を破壊してきた人類を攻撃するに至ったのです。

さて研究者たちは人類の滅亡を防ぐことができるのでしょうか? 詳しくはぜひお読み下さい。カタストロフィーの中でも恋あり、人生葛藤あり、友情あり、欺瞞や裏切りありで全巻を通じて緊張させられます。

単細胞生物が知的生命体になりうるのか。最近ある新聞のコラムに脳も神経もない真性粘菌が人間でも難しい迷路を解いたことを発表した科学者がイグ・ノーベル賞を受賞したことが報道されていました。このことは単細胞生物が学習と記憶を重ねれば、生き残るために彼らの環境を認識する、そしてそれに基づいて行動することができるかもしれないとい言う仮説を成り立たせます。そしてこれがこのSFのポイントなのです。
(その7に続く、全7回)

※このレポートは、2008年10月9日に六本木ライブラリーで開催したカフェブレイク・ブックトーク「SFアポカリプス」を元に作成したものです。

※書籍情報は、株式会社紀伊国屋書店の書籍データからの転載です。

※六本木ライブラリーでは蔵書を販売しているため、ご紹介している本がない場合もあります。あらかじめご了承ください。