研究者たちの往復書簡 ~未来像の更新~
哲学×宇宙生物学「ウィルスの生命観を哲学的に考える」vol.3
アカデミーヒルズ発刊書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』をきっかけに、その著者たちが、分野を越えて意見や質問を取り交わす「研究者たちの往復書簡」シリーズ。
哲学×宇宙生物学 vol.3 は、宇宙生物学者の藤島皓介さんからの書簡に、哲学者の荒谷大輔さんがお返事します。
研究者たちの往復書簡
哲学×宇宙生物学:ウィルスの生命観を哲学的に考える vol.3
荒谷大輔さんからの書簡
地質学的な視野で「人間」の営みを捉え、人間という生物種の絶滅の可能性を含めてニュートラルに検討することは、ある意味において「ビオス」としての人間を問い直すひとつのきっかけになっているとは思います。大枠としては賛同できる部分も大きいのですが、ただ、そうした議論がなされるとき、場合によって強い違和感を覚えることがありました。
例えば、ある哲学者が「人新世」をめぐる対話の中で「人間の人口なんて今の半分になってもしかたがない」という発言をされていたのですが、その言いようが、自分はその「半分」に残ることを前提としているように、「人間は悪だ」という自分は「正しい」と考えているように聞こえたのでした。
それは単に僕の穿った見方でしかないかもしれないのですが、「公平」な観点から物事の「正しさ」を語ることが、逆に現に私たちが特定の「ビオス」において生きていることを無視する不遜なものであるように思われたのです。人間への「反省」を促す態度に、自分たちはその「ビオス」から超越しているとでもいわんばかりの傲慢さを感じました。
藤島さんのご質問への回答
私たち人間は、地球外生命を想定する以前に、生についてあまりにも多くのことを未だに知らないのではないかというものです。例えば、光が届かない深海で暮らす異形の生物の生態は以前よりは知られて来ましたが、まだまだ知らないことが多いかと思います。地球外生命が発見されたとしても、少なくとも単にそれだけでは、人間にとって過酷な住環境で再生産される有機体組織があるというだけで、人間の「ビオス」が揺り動かされることはほとんどないように思われるのです。興味深い研究対象にはなるでしょうし、生命についての新しい知見もそこから得られるかもしれません。しかし、それが直ちに、人間が人間として生きる「意識」を変容させるものになるとは思えないのです。
あるいは地球外生命の発見がスリリングに思えるのは、人間以上の知性をもった生命体を想定しうるところにあるようにも思われますが、これもいかがでしょう。僕には人間が自分たちを鏡にそうした存在をイメージしているだけのようにも思われます。「知性」なるものが進化の尺度として想定されるのもいかにも偏った前提のように思えますし、実際にそうした存在が発見されても、新大陸発見時の「人間」の定義の問題が繰り返されるだけだったり、人間の「ビオス」にとっての「敵/味方」という判断基準で対象の価値を判断するだけだったりと、案外これまでと変わらない営みを繰り返すだけではないかとも思われます。そこでは対象が新規なものに変わるだけで、人間が人間であることの意識に大きな変化は見られないように思われるのです。
私たち自身がなおよく分かっていないゾーエーとしての生は、少なくとも僕にとっては、それ自身ひとつの地球外生命に匹敵するものだというわけですね。この場合、私たち自身がまさにその存在であるという点が、さらにワクワクさせるものになっています。私たちが人間という「ビオス」で生きるのをやめることで得られる「幸せ」とは、そんなワクワクから生まれてくるのではないでしょうか。
そんなところで、いただいたお手紙へのお返事とさせていただければと思います。この度は貴重な対話の機会をいただきまして、誠にありがとうございました。
プロフィール
哲学者、江戸川大学基礎・教養教育センター教授・センター長 1974年生。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。日本文藝家協会会員。専門研究の枠組みに捕われず哲学本来の批判的分析を現代社会に適用し、これまでなかった新しい視座を提示することを得意とする。著書に『資本主義に出口はあるか』(講談社現代新書)、『ラカンの哲学:哲学の実践としての精神分析』(講談社メチエ)、『「経済」の哲学:ナルシスの危機を越えて』(せりか書房)、『西田幾多郎:歴史の論理学』(講談社)、『ドゥルーズ/ガタリの現在』(共著、平凡社)など。
宇宙生物学・合成生物学、東京工業大学 地球生命研究所 1982年、東京都生まれ。東京工業大学地球生命研究所(ELSI)「ファーストロジック・アストロバイオロジー寄付プログラム」及び慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科にて特任准教授を兼任。2005年、慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、2009年、同大学大学院政策・メディア研究科博士課程早期修了。日本学術振興会海外特別研究員、NASA エイムズ研究センター研究員、ELSI EONポスドク、ELSI研究員などを経て、2019年4月より現職。 生命の起源と進化、土星衛星エンセラダス生命探査、火星での生存圏など研究テーマは多岐にわたる。過去にコズミックフロント(NHK BSプレミアム)、又吉直樹のヘウレーカ!(NHK Eテレ)などTV出演歴あり。
研究者たちの往復書簡 ~未来像の更新~ インデックス
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哲学×宇宙生物学「ウィルスの生命観を哲学的に考える」vol.1
2020年07月06日 (月)
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哲学×宇宙生物学「ウィルスの生命観を哲学的に考える」vol.2
2020年08月07日 (金)
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哲学×宇宙生物学「ウィルスの生命観を哲学的に考える」vol.3
2020年09月07日 (月)
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◆書籍『人は明日どう生きるのかー未来像の更新』とは
都市とライフスタイルの未来を議論する国際会議「Innovative City Forum 2019(ICF)」における議論を、南條史生氏と森美術館、そして27名の登壇者と共に発刊した論集。「都市と建築の新陳代謝」「ライフスタイルと身体の拡張」「資本主義と幸福の変容」という3つのテーマで多彩な議論を収録。