記事・レポート

今考えるべきこと「明日への提案 - 逆境を越える」

「大人」の知的文明に近づくために

更新日 : 2020年04月27日 (月)

第5章 渡部潤一さん(自然科学研究機構 国立天文台 副台長/教授)

アカデミーヒルズがお届けする本企画では、様々な立場の識者から明日への提案を頂きます。
今を洞察し、未来をデザインする。多様な発想で彩られるオピニオンをお届けします。



 
 
新型コロナウィルスによるパンデミックに遭遇して、「あぁ、自分が生きている間にやってきたか」というのが正直な感想だった。
 
新しいウイルスや病原菌は、歴史上も繰り返し登場し、パンデミックとなって人類を襲っては、そのたびに社会を変えてきた。たとえば、中世14世紀のペスト(黒死病)では、全世界で7000万人の命が失われる大惨事となった後、ルネッサンスという新時代がやってきたことは、立命館アジア太平洋大学の出口学長が先に書かれていたとおりである。20世紀初頭のいわゆる「スペイン風邪」(実際にはスペインインフルエンザ)のパンデミックでも世界の3分の1が罹患し、WHOの推計では4,000万人(1億人という説もある)が亡くなった。このときには日本の被害も甚大で内務省のデータでは約38万人(45万人という説もある)が亡くなったが、その後、抗生物質が発見され、インフルエンザウイルスが分離されるなど医学がめざましく進歩し、対策らしきもの(ワクチン)が開発される新たな時代を迎えた。
 
それでも、パンデミックはやってきた。いまの科学の見地からすれば、これは当たり前といえる。たとえ一種類のウイルスや病原菌を根絶しても、生命の進化は必ず突然変異を通じて新型のウイルスや病原菌を生み出すからだ。抗生物質が効かない耐性菌が現れているのもその例で、生命の生存戦略として新型が現れるのは当たり前なのである。だいたい、人類に敵対する種を根絶しようなどと思うのが傲慢かもしれない。もともと地球を支配しているのは人類などの少数種ではなく、数で圧倒する微生物である。我々も腸の中の約100兆匹の微生物と共生している。地球全体では10の30乗のウイルスが存在し、その重さや長さを仮定して計算すると、炭素の量だけでも2億トン=シロナガスクジラ7500万頭、ウイルスをつなげると1000万光年になるという。まさに天文学的な数字である。突然変異の確率はたとえ微小であっても、絶対数では圧倒的な数で必ず現れるゆえ、われわれが勝てるはずはない。人類は繰り返しパンデミックに遭遇しつつ、そのたびに犠牲を払いながら共生しなくてはならないのだ。(正直、自分が生きている間に起こってはほしくなかったが。)
 
考えてみれば、われわれ人類はまだまだ未熟な知的生命なのだろう。なにせ、文明と呼べるものを築いてわずか10万年程度。地球の歴史46億年あるいは生命の歴史40億年(諸説あるが)から考えれば、人類は生まれたての「ひよっこ」の知的生命体である。なにせ400年より前は、地球が宇宙の中心だと考えていたほど自己中心的で傲慢だった。それが科学の発展とともに世界観が急速に変わっていった。16世紀には宇宙の中心は太陽となって地球は中心の座から滑り落ちた。さらに、夜空に輝く星座を作る星たちは太陽のような恒星がとても遠くにあるもので、それらは数千億個もの大集団:銀河系をつくっていることがわかった。20世紀には、われわれ太陽系はその端っこ、ものすごい田舎にいることもわかってきた。なんら特別な場所ではなかったのだ。そして今や多くの星たちのまわりに「第二の地球」があることもわかりつつある。あちこちに生命が発生し、一定の割合で進化して文明を築いていることが想定されるのだ。こうなると異星人文明とのコンタクトも夢ではない。もしコンタクトできたとすれば、先方の文明の方がずっと進んだ、そして成熟した「大人」の知的文明であるに違いない。
 
アフターコロナの世界はどう変わるのだろうか。これを機会に、国同士が戦争をしたり、人間同士が殺し合うようなことはやめて、「感染症」や地球温暖化を含む「自然災害」という共通の課題に対し、人種・宗教・国境を越えてタッグを組むような、新しい世界観や秩序が生まれ、我々人類も少しでも「大人」の知的文明に近づくことを期待したいものである。来たるべき異星人文明とのコンタクト時に少しでも恥じることのないように。
 
 
 
 
《筆者紹介》
渡部潤一(自然科学研究機構 国立天文台 副台長 / 教授)
 
東京大学理学部卒、同大学院卒。東京大学東京天文台を経て、現職。総合研究大学院大学教授。理学博士。太陽系天体の研究のかたわら最新の天文学の成果を講演、執筆などを通してやさしく伝えるなど幅広く活躍。国際天文学連合では、惑星定義委員として準惑星という新カテゴリーを誕生させ、冥王星をその座に据えた。
主な著書に『最新 惑星入門』(朝日新書)、『面白いほど宇宙がわかる15の言の葉』(小学館101新書)、『新しい太陽系』(新潮新書)、『夜空からはじめる天文学入門』(化学同人)、『ガリレオが開いた宇宙のとびら』(旬報社)などがある。
 
 
 

著書紹介

眠れなくなるほど面白い 図解 宇宙の話

渡部 潤一
日本文芸社

第二の地球が見つかる日

渡部 潤一
朝日新聞出版




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