記事・レポート

LIVING WITH BOOKS

更新日 : 2020年12月15日 (火)

第7章 小説にまつわるブックトーク

 
小説は〈真実〉を語る
澁川雅俊:小説には純文学と大衆文学の分類がある。いずれも創作された物語で、創作性が優れて芸術的な作品が純文学、優れて娯楽的な作品が、エンターテイメント小説(‘エンタメ’小説)とも呼ばれている、大衆文学とされている。‘大衆’の熟語を当てているくらいだから後者の方が、もちろんより多くの人びとに読まれている。そのエンタメ小説にも、ミステリー小説、時代小説、歴史小説、ハードボイルド・バイオレンス小説、冒険小説、ホラー小説、ファンタジー小説、恋愛・青春小説、伝奇小説、経済・企業小説、政治小説、社会小説などといろいろ。いずれのジャンルの作品であっても優れたものは、楽しみながら事実や真実に気づかされることが多い。
ある文学研究者がこう述べている。「小説は作りごと(虚構)。それなのになぜ人びとは好んでそれを楽しみながら読むのだろうか。それは、語られている物語がおもしろいだけでなく、たとえそれがエンターテイメントであっても、そこに、あるいは‘真’、あるいは‘善’を、あるいは‘美’を読み取ることができるからだろう」(生島遼一『鴨涯日々』)。近松門左衛門の‘虚実皮膜’のように嘘とまことは紙一重であり、まことがなければ、実はおもしろい物語は生まれない。
♯経済小説、または企業小説
小説は、真実を語る? 〜経済小説の虚実皮膜」トークでは、普段それほど深く詮索することのないビジネスや企業の実態と実体を楽しみながら感知させるような作品を集めてみた。
経済小説は近現代文学史では後発のジャンルである。その奔りとされる城山三郎の『総会屋錦城』(1958年)以降の初期の作品を調べてみると、例えば直木賞作家の源氏鶏太や文化勲章受章者の獅子文六などのビッグネームが見出される。鶏太は、サラリーマン重役や雇われ社長の悲喜こもごもを明るくコミカルに描いた『三等重役』や、倒産した商社の生き残りが新会社を興して奮闘する物語である『一騎当千』など、当時「サラリーマン小説」と呼ばれた読み物をたくさん世に送り出し、文六は『大番』を世に遺している。
その後は日本と世界の経済成長に連れてさまざまなレパートリーで多くの作品が生まれた。たとえば黒木亮の『エネルギー』のように石油やガスをめぐる国際資源競争、さらに原子力発電やその代替電力をホットに描いた作品の数々、消費者金融、クレジットカード、ノンバンク、投資会社、国際金融、先物、証券、生命・損害保険、不動産、格付会社、監査法人など金融関連分野の企業やビジネスマンを描いた作品、その他自動車・機械工業の大企業を描いた作品などなどが陸続と続いている。さらに初期の経済小説の主人公は必ずと言っていいぐらい男性だったが、女性を主人公に据えた作品も少なからず書かれている。
♯小説家は「日常」を明視する
私ごとだが、友人のひとりに作家の楡周平がいる。彼はクライムノベル『Cの福音』でデビューし、そのシリーズで流行作家になったが、その後の『再生巨流』と『ラストワンマイル』でビジネス小説の作家として評価されるようになった。トーク「ある流行作家(楡周平)のまなざし~小説家は日常を明視する」は、この作家の全作品を取り上げ、日常生活を明視し、そこから素材を掘り起こし、問題や課題解決の方策を提言する作家の作風に触れてみた。
なお、作家をトークの聴衆者として招請したが、日常生活のできごとからどのように虚構の世界を創り上げるのかについて、生の話を伺うことができた。
♯優れた絵画は優れた物語を生み出す
書物は人が森羅万象を熟視し、その機微を認めたものである。そして読む人に何かを語りかけ、ものごとの真・善・美に感動させ、偽・悪・醜に衝撃を与える。一方表現方法は違うが、絵画も「語りかける」という本質は書物と同じ。とりわけ名画は新たな創作の源泉ともなり、優れた‘物語’を生み出す。トーク「名画は語る~優れた絵画は優れた物語を生む」はそうした本を取り上げている。
絵画との繋がりで、「‘おとな’絵本」トークを行った。 ‘おとな’絵本と言えば春画の別称笑い絵の「ワ」に由来する‘わ印’(ワジルシ)を連想する向きが多いかもしれないが、猥褻絵本以外の大人向きの絵本を紹介している。
♯書物をめぐる謎、怪奇、冒険・・・
エンタメ小説の中で最も数が多いのが、ミステリー(サスペンス、アドベンチャーも含む)である。ミステリーの話題はさまざまに亘るが、好んで読まれるものに‘書物’に纏わる作品がある。
人は本にさまざまな思い入れや執着を持つ。稀覯書などを所有する所有欲や名誉欲、その金銭的価値の財欲、本の窃盗、本ゆえの殺人、本の贋造などが現実に起きている。たかが本にそれほどまでに囚われるところに物語が生まれる。とくに海外の作品には結構読ませる作品が多い。トークも五年ごと三回に及んだ。「本好きにはたまらない‘書物’に纏るミステリー」、「本が絡んだミステリー〜人と本にまつわる神秘・謎・サスペンス」、「Bibliomysteries ~本にまつわるミステリー」である。(完)