記事・レポート

時の彼方の空遠く~縄文人、私たちの祖先

私たちのアイデンティティに迫る本

更新日 : 2019年05月14日 (火)

第5回 現代人を魅了する「土器・土偶」

独創的でダイナミックな造形美
澁川雅俊:モースの貝塚発見からさかのぼること70年余り。江戸後期の紀行家・博物学者である菅江真澄は、東北や北海道を巡る旅の途中、秋田・戸鳥内村で掘り出された土器や土偶を見て、それらを精巧にスケッチし、「おそらく蝦夷の祖先が何らかの目的で作ったのだろう」と推測しています。『菅江真澄遊覧記〈東洋文庫〉1~5』〔菅江真澄/平凡社〕には、旅先で出会った人々の暮らしとともに、東北各地で出会った土器や土偶についても克明に記されています。

約700~900度でじっくり野焼きされた土器は、縄目の他にも貝殻や竹、模様が刻まれた木棒、粘土紐などで多様な文様が付けられています。時期や地域によって文様や製作法などの特徴が異なり、深鉢や鉢形を基本形としながらも、時代が下がるごとに壷や浅鉢などが現れ、やがて火焔型土器を頂点とする装飾性の高い土器が作られるようになったと考えられています。

国宝「火焔型土器」の世界』〔石原正敏/新泉社〕は、新潟県の笹山遺跡で発掘された深鉢形土器(火焔型土器)など、装飾性の高い土器を多数紹介しています。また、変わり種としては、土器や土偶の文様を幾何学的に捉えることで縄文人の思想に迫った『図説 縄文人の知られざる数学』〔大谷幸市/彩流社〕という本もあります。

圧倒的な生命力とダイナミックな造形美を持った土器・土偶は、私たちの想像力・創造力を大いに刺激してくれます。2018年夏、東京国立博物館で開催された特別展『縄文~1万年の美の鼓動』には35万人が訪れたそうですが、来場者の多くは考古学とは異なる視点、すなわちアートやクリエイティブの視点から興味を喚起されたようです。その図録『縄文~1万年の美の鼓動』を眺めるだけでも、土器や土偶が放つ不思議な魅力に思わず惹きつけられてしまいます。

新版 縄文美術館』〔小野正文、堤隆、小川忠博/平凡社〕は、全国の資料館や博物館に収蔵されている国宝や重要文化財をはじめ、平皿・尖底・壷型・火焔・装飾土器や、土偶(人型・獣型)など650点余の写真を収録しており、それぞれについて解説しています。また、国宝6点を含む土器・土偶100点以上を収録した図版付き解説書『縄文土器・土偶』〔井口直司/KADOKAWA〕は、コンパクトな文庫版で、通勤途中の読書にもおすすめです。

国宝土偶「仮面の女神」の復元 中ッ原遺跡』〔守矢昌文/新泉社〕は、八ヶ岳山麓の遺跡で発見され大型の仮面土偶がテーマとなっています。土偶が作られたのは、この地で繁栄した集落群が急激に衰退していった縄文時代後期でした。なぜ、そのような時期に「仮面の女神」が作られたのか。発掘担当者だった著者は、発掘の過程とともに土偶制作の裏側にある縄文人の思いに迫っています。

土偶は私たちに何を伝えているのか?
澁川雅俊:土偶は人間(特に女性)や身近な動物、あるいは、精霊や神を表現した土製品で、土器とともに縄文時代初期から作られていました。人型・獣型には可愛らしさや優美さ、精霊・神型には恭しさが感じられます。縄文の人々は、生活の中でこうした感情を呼び起こす際の拠り所として土偶を作り始めたのかもしれません。

そもそも土偶はどう作られ、一体何に使われていたのか。そして、どのようにして現代によみがえったのか。『土偶のリアル』〔譽田亜紀子、武藤康弘、スソアキコ/山川出版社〕は、発見・発掘から修復、文化財指定に至るまでの物語とともに、作り手(縄文人)の思いを具体的に想像することで、時の彼方と現代と結びつけています。“土偶愛”にあふれる一冊で、入門書としても最適です。

様々な「縄文本」を通じて現代人が「縄文」に惹かれる理由を探ってきましたが、最後に冒頭で紹介した『縄文の世界はおもしろい』の著者の言葉を取りあげたいと思います。

極度の技術革新への限りなき意欲や右肩上がり成長志向の結果、息詰まってしまった現代社会と現代人は、タイムマシンでその時代へ戻ることは不可能だが、1万年以上にわたり日々繰り広げられていた、密であるがゆるりとした人と自然との共存共生の生活に思いやる暇がいま必要である。

自然は豊かな恵みと同時に、大きな脅威ももたらします。縄文人はそんな自然に対して畏敬の念を抱き、共存・共生することで厳しさを乗り越え、1万年にわたって生命をつないできました。そして、その延長線上に現代を生きる私たちがいます。「縄文本」を通じて時の彼方に思いを馳せてみれば、私たちのアイデンティティの一端にふれることができるかもしれません。(了)