記事・レポート

流行作家・楡周平のまなざし

小説家は「日常」を明視する~ブックトークより

更新日 : 2017年02月13日 (月)

第5章 社会の「深層」に眼を向ける


誰もが直面しうる身近な課題


澁川雅俊: 『介護退職』(2011年)は、少子高齢化に直面したわが国では、誰もが直面しうるテーマであり、親子や家族を考える上でも身につまされる作品と言えるでしょう。

田舎にひとり暮らす老母が雪かき中に骨折。その報を受けたのは、東京で順風満帆に暮らし、大手企業の重役就任を目前にした部長とその家族。彼ら一家は、突然降り掛かった「遠距離介護」という問題をどのように乗り越えるのか? 作家は、政治や社会ではすくいきれていないこの領域を、誰が、どのように埋めるのかについて提言しています。

わが国の裁判員法は2004年に成立し、2009年に施行されました。古き米国映画『12人の怒れる男』(1957年)で米国の陪審員制度に触れた人も多いためか、この新制度は比較的すんなりと受け入れられたようです。とはいえ、その適用対象となる事件は、殺人、放火など重大な犯罪が多く、最高刑料となる死刑の判定を下すこともあり得ます。

『陪審裁判』(2007年)は、陪審員制度の先進国・米国が舞台です。養父に陵辱され続けた少女を救うため、一人の日本人少年が殺人を犯す。その裁きに参加するのは、12人の’ふつう’のアメリカ市民。極刑か、それとも、無償の愛ゆえの無罪か? 裁判員法の施行前に刊行されたこの作品は、「人を裁く」という悩ましい問題に一石を投じています。

『マリア・プロジェクト』(2001年)は、金儲けのために行われる生体臓器移植や人工授精の悪業に立ち向かった、ある日本人の物語です。臓器移植によって、長らえない命が救われることは善しとすべきでしょう。しかし、許されるのは、脳死判定を受けた躯(からだ)からの移植のみ。医学の進歩によって延命が可能になった反面、移植可能な臓器の数はいまだ限られています。

リオデジャネイロ・オリンピックが間近に迫った頃、注目を集めたのが「ジカ熱」です。2014年夏、国内を騒然とさせたデング熱など、私たちのすぐそばにある危機、不可思議な感染症にも作家は眼を向けます。

『レイク・クローバー』(2013年)は、ミャンマーのへき地で天然ガス探査を行う技師が、全身の出血により一夜にしてミイラ化した事件から始まります。そして、致死率100%と言われるこの感染症の原因特定と予防法の研究に、一人の日本人病理学者が立ち上がります。

彼の奮闘により、未知の寄生虫が原因と推定されたものの、冒された人間は死の直前、周囲の人間に噛みつき、感染を広げていく。現地に派遣された技術者や作業員、その防護に派遣された米国の諜報員や軍人もまた、次々と感染と絶命のサイクルに飲み込まれていく。残されたのは主人公ほか、2名の日本人研究者。はたして、彼らはその惨劇を止めることができるのか?


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アペリティフ・ブックトーク 第40回 ある流行作家のまなざし~小説家は日常を明視する
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今回は『Cの福音』から『ドッグファイト』まで、三十点以上の作品で小説読者を魅了し続けている、ある流行作家の全作品を取り上げます。