記事・レポート
VISIONARY INSTITUTE
「地球食」の未来を読み解く
地球と人類との“共進化”に向けて:竹村真一
BIZセミナー教養文化
更新日 : 2015年03月25日
(水)
第5章 「触れる地球」と地球食〜食のバッドデザイン
地球視点で考える食料問題
竹村真一: 近年は、中国やインドなど新興国の経済発展により、都市人口が急激に増えています。人が都市に暮らすようになると、肉をたくさん食べるようになります。1人分の牛肉を生産するためには、飼料として人間7〜10人分を賄えるだけのトウモロコシが必要です。穀物の消費量は急増し続けており、生産が追いつかなくなっています。直近の10年だけを見ても、価格は以前の3〜4倍にまで跳ね上がっています。異常気象による瞬間風速的な高騰ではなく、基本価格が高止まりしているのです。
加えて、世界各地では水資源の枯渇などにより、農業も危うくなっています。農業では、大量の石油を使い、ポンプで水を汲み上げていますが、石油が高騰すれば、それも難しくなる。水や石油の枯渇は、農業ができない地域を増やす原因となります。また、穀物の輸入は、米国や豪州、中国など、一握りの巨大穀倉地帯に世界中が依存しているため、これらの地域で大規模な災害が起これば、たちまち食料危機を迎えるというリスクもはらんでいます。
温暖化の問題も、世界の食糧問題に直結しています。たとえば、氷河に包まれたヒマラヤ山脈は、中国・インド・東南アジアなどに流れる大河の源流です。下流域には、世界人口の3分の1近い人口が暮らし、水資源の約8割が農業用水として使われています。しかし、温暖化の影響により「水の銀行」としての氷河が減少したことで、中国では農業に影響が出始めています。中国の食料自給率は20世紀末までほぼ100%でしたが、近年は1割〜2割の食料を輸入し始めています。1割と言っても、日本の人口に匹敵する数です。同様の出来事は、13億の人口をもつインドでも起こっています。
食料を輸入するということは、どこかの国が代わりに食料を生産しているということ。地球儀には、人工衛星がとらえた南米・アマゾンの森林火災の分布を映し出しています。自然発火による火事もありますが、大半は人為的な火事です。森を焼き払って畑をつくり、生産効率の高い遺伝子組み換え作物を育てる。あるいは、大規模な牧場で食肉牛を育てる。アマゾンでは毎日、京都盆地と同じ広さの森が失われており、現在のペースで進めば、2030年にはアマゾンの熱帯雨林の6割が乾燥地帯になると言われています。
多様性の喪失
竹村真一: 食のバッドデザインという意味では、「多様性の喪失」も大きなポイントです。たとえば、100年前の米国では、農務省に登録されたリンゴの品種は7,000種もありました。日本でも、江戸時代には米の品種が3,500種もありました。地域ごとの環境に適した固有種・固定種がたくさんあったからです。しかし、現在は大半が姿を消しています。
多様性は、食の安全保障において欠かせないものです。干ばつや冷夏が続いたとしても、長い年月をかけて環境変化に適応し、生き延びてきた強い固有種・固定種のなかには、そうした気候の変化にも適応しうるものがあるからです。このオプションであり、食糧安全保障の担保である多様性がいま、急速に失われています。
多様性喪失を加速させる要因となっているのが、数十年前に登場したF1種(※編注)や遺伝子組み換え作物(GMO)です。たとえば、除草剤や害虫に耐性をもたせたGMOを使えば、2〜3年は非常に効率よく、かつ安定的に形の整った作物を育てることができます。短期的な経済の論理からすれば、そちらに飛びつくのもわかりますが、種の画一化・短命化が進むことで、私たちは多様性という食の安全保障のカギを失いつつあるのです。
さらに、近年は食の深刻な変化も起こっています。現在、肥満者は世界で約16億人、栄養不足は8〜9億人いると言われています。皆さんのイメージとしては、肥満は先進国に多く、栄養不足は途上国に多いと思われるでしょう。しかし、最近はこうした単純な構図では説明できなくなりつつあります。
『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波書店)という本が象徴するように、先進国でも経済格差が広がり、栄養不足に陥る人が増えています。反対に、途上国では食のグローバル化の波を受け、自国の食料よりも安価で手に入るファストフードへの依存が進んでおり、肥満とともに栄養バランスの悪化が指摘されています。
食という字は「人を良くする」と書きますが、食のバッドデザインにより、いまや人間の健康をそこなう食事が「地球食」のデフォルトになりつつある。同時にそれは、地球環境にも大きな影響を及ぼすようになっています。
※編注
F1種
人工的に交配された一代限りの雑種。生育時期や性質が安定しづらい固有種・固定種よりも、多収性や均一性に優れるが、基本的に一代限りであり、二代目(F2)ができたとしても、親とは異なる形態や性質になるなど、品種としての特性が一定にならない。
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「地球食」の未来を読み解く
インデックス
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第1章 なぜ、世界初のデジタル地球儀「触れる地球」は生まれたのか?
2015年03月18日 (水)
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第2章 地球観が“痩せて”いる現代人
2015年03月18日 (水)
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第3章 私たちは地球を食べ、地球を飲んでいる
2015年03月18日 (水)
-
第4章 「触れる地球」と地球食〜漁業のバッドデザイン
2015年03月25日 (水)
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第5章 「触れる地球」と地球食〜食のバッドデザイン
2015年03月25日 (水)
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第6章 日本食は未来の地球食のOSになる
2015年03月25日 (水)
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第7章 地球価値創造〜Creating Planetary Value〜
2015年04月01日 (水)
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第8章 ヴィジョナリーの巨人が描いた未来
2015年04月01日 (水)
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第9章 未熟だからこそ、人類はさらに進化できる
2015年04月01日 (水)
該当講座
2014年 第2回 未来の地球の「食」を読み解く
-地球価値創造の方法-
ゲスト講師:竹村真一(文化人類学者/京都造形芸術大学教授)。6月15日(日)まで東京ミッドタウン21_21 DESIGN SIGHT で開催されている『コメ』展を、グラフィックデザイナー・佐藤卓氏とともにディレクションされた文化人類学者・竹村真一氏(京都造形芸術大学教授)を迎え『触れる地球ミュージアム』に込める想い、そして地球の「食」の未来についてお話いただきます。
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