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「くまモン」『聞く力』にみる、魅力の引き出し方

阿川佐和子×水野学 対談

更新日 : 2014年07月02日 (水)

第5章 ジョブズ〜ダ・ヴィンチ〜利休

写真左:阿川佐和子(作家・エッセイスト)/写真右:水野学(クリエイティブディレクター/good design company 代表取締役/慶應義塾大学特別招聘准教授)

 
機能デザインと装飾デザイン

水野学: デザインとは世の中を良くするもの、あるいは、多くの人の生活を豊かにするものを生み出すための手段です。目指す先には必ず他者がいる。ですから、「相手を思いやる気持ち」は、デザインにおいて最も大切なことだと思います。

阿川佐和子: そもそも、デザインとはどのようなものなのでしょうか?

水野学: 僕自身は、人々が「これはデザインだ」というものは、機能デザインと装飾デザインを掛け合わせたものを指していると思うのです。そのなかで、より機能を重視したものが、いわゆる商業的な意味でのデザインとして発展していったと考えています。

1998年にスティーブ・ジョブズが初代iMacを発表したとき、すでに日本を含む多くのメーカーが機能デザインに優れたパソコンを販売していました。しかし、iMacは世界中で爆発的にヒットした。初心者でも簡単にインターネットを楽しめるシンプルな機能、従来のパソコンの常識を覆す斬新なデザイン。それだけでなく、ブランドロゴやコンセプト、パッケージ、広告、ジョブズの代名詞とも言えるプレゼンなど、アウトプットの質において他の追随を許さないものでした。

阿川佐和子: なぜ、ジョブズは世界中の人々を惹きつけることができたのでしょう?

水野学: 結論から言えば、ジョブズは機能においても、装飾においても「みんなが好きであろうもの」をつかむことができたからだと思います。彼は学生時代、文字を美しく書くカリグラフィに触れたことで、美を愛するようになりました、その後、日本の禅に触れ、極限まで無駄を削ぎ落とすことで生まれるシンプルな美を学んだそうです。そのため、美やデザインに対して非常に敏感になり、機能の美しさとともに、装飾的な美しさを誰よりも追求するようになった。それは、希代の発明家と言われるレオナルド・ダ・ヴィンチにも通じることです。

たとえば、ダ・ヴィンチが活躍していた時代も、彼と同様に優れた機能を発明した人は存在していたでしょう。そうしたなかで歴史に名を残すのは、優れた機能をもつ発明品に最も美しい装飾デザインを施し、世の中に送り出した人。彼は、希代の発明家であるのと同時に、類い希な才能をもつアーティストでもありました。僕は、機能デザインと装飾デザインを高い次元で融合させることが、ものが世の中に広く普及していく際のカギになると考えています。


劇的な変化が新しい価値観を生み出す

水野学: 日本の文化において、安土桃山時代は一大転換期となった時代ですが、実は西欧のルネサンスと時期が重なっています。その理由の1つはこの時期、鉄砲が世界的に普及したからです。日本の場合、鉄砲が伝来したことで戦国時代は終わりを告げました。世の中が平和になると、千利休のような人物がたくさん現れ、文化の一大革命が起こりました。

こうした文化の革命は、一度起きれば数十年にわたり続くため、真っ直中にいる人には非常に分かりづらい。たとえば、幕末から明治維新の時代。我々からすれば、劇的でドラマチックな時代であり、「ここが歴史や文化の転換点だった」と捉えることができます。しかし、当時、あまり関係のない場所にいた人には「徳川家が滅んだの? 俺たちに何か影響あるの?」といった程度だったかもしれません。

もう1つ、文化的な革命に関連して考えたことがあります。「劇的な変化が起きると、人は新しい文化を求める」です。劇的な変化により新しい価値観が生まれるからです。イギリスの産業革命後に起こったアーツ・アンド・クラフツ運動、明治維新後の文明開化。そして、IT革命の真っ直中にいる私たちは、新しい文化を求めていると思うのです。僕はこのあたりに、デザインの力が新たなコミュニケーションづくりに貢献できる可能性があると考えています。