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意識のない死の世界へ。すでにある無意識を顕在化せよ

アートの本質に、横尾忠則と生駒芳子が迫る!

更新日 : 2013年04月02日 (火)

第1章 「直感」と「理性」の間で取引をさせている

<六本木アートカレッジ2012>で最大の盛り上がりを見せた、美術家・横尾忠則氏によるエンディングトークです。世界を魅了し続ける横尾氏ならではの芸術観や、死の世界に立つ独自の視点、そして開館直前の「横尾忠則現代美術館」などについて、アート・プロデューサーの生駒芳子氏とクロストークを繰り広げました。

ゲストスピーカー:横尾忠則(美術家)
モデレーター:生駒芳子(ファッションジャーナリスト)

横尾忠則(美術家)
横尾忠則(美術家)

 
浮遊しているものを、ひょいとつまみ出す感覚

生駒芳子: 以前、横尾先生に取材させていただいたとき、「直感を大切にしなきゃだめだよ」というお話をしていただきました。先生にとって「直感」とはどのようなものなのでしょうか?

横尾忠則: 「直感」というと、天から降ってきた啓示のように聞こえますけど、僕の場合、そういったものではありません。やはり、考えてものをつくっているのですから。ただ、「ひらめき」は確かにありますね。つくったものが「ひらめき」なのか「直感」なのか、あるいは「考えたもの」なのか。自分では区別できないし、それを分析する必要はないでしょう。空中に浮遊しているものを、手を伸ばしてひょいとつまみ取って、形にしているのです。それを「直感」と呼んでもいいし、「理性」と呼んでもいいと思います。

「ひらめき」だけでは子どもの絵と同じ

横尾忠則: けれども、そうやって思いついたものに、ある程度の理性的判断を下さないといけません。「直感」や「ひらめき」に対する裏づけが必要です。理性を介在させて、「ひらめき」と「理性」の両者に取引をさせる。これでつくるのかどうかを考えさせるわけです。第一波で思い浮かんだものが、必ずしも正しいとは限りませんからね。次に第二波が来て、もっと良いものを思いつくかもしれない。今度は、第一波と第二波を交渉させる。といった具合です。考え抜いてつくり出すものもつまらないですけど、「ひらめき」だけでも、子どもの描いた絵と同じになってしまうでしょう?

無意識を顕在化させる夢日記

生駒芳子: なるほど。「夢からメッセージを受け取る」とも以前伺いましたが、今でもそれは同じでしょうか?

横尾忠則: だけど、夢をそのまま作品にすることはないですね。最近は、あまり夢を見なくなってしまいました(笑)。夢というのは、無意識の産物です。無意識は創造の源泉にもなりますけど、それだけではダメ。顕在意識と無意識を統合させたとき、初めて創造は生まれるわけです。夢日記に書いたり、他人に見た夢を話したりすることで、無意識を顕在化させる。その二つが合わさることで、シンクロニシティーが起こるわけですね。夢日記をつけることの特典は、シンクロニシティーではないかと思っています。

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