記事・レポート

なんでもかんでも進化する?

読みたい本が見つかる「カフェブレイク・ブックトーク」

更新日 : 2010年04月21日 (水)

第1章 何でもかんでも〈進化〉する?! ~はじめに~

“進化”と名のつく本が続々誕生しています。2009年はダーウィンの生誕200周年ということもあり、彼の伝記や進化論研究の本が多数刊行されました。しかしよく観ると進化論とは無関係の内容の書名に“進化”が使われていることも……。今回は少し斜に構えてそうした本と、ダーウィン関連本を分けて選んでみました。

講師:澁川 雅俊(アカデミーヒルズフェロー/前慶應義塾大学環境情報学部教授)

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澁川雅俊: 
●「盛者必衰」
平家物語の冒頭にこうあります。「祗園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは(ワ)す。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂には滅びぬ、偏(ヒトエ)に風の前の塵に同じ」。

日本文化に特有なもののあわれを唱えた名文で、森羅万象すべてはいずれは消え去るのみということを暗示しています。ものごとに進歩・進展・発達・発展、あるいは変化、小難しくいうならば、転生・再生などに一途に期待を掛けている人たちもたくさんいるようです。

さまざまな進化論
ライブラリーの選書をしていて、そのことに気づきました。進化論やダーウィンについて書かれているわけではないのに、書名に「進化」ということばが使われている本がやけに多いのです。これではまるで、森羅万象何もかもが〈進化〉してしまうことになってしまいます。

●〈進化〉をキーワードとした本の数:
今年(2009年)がダーウィン生誕(1809.02.12)200年の記念の年に当たり、また『種の起源』刊行(1859.11.24)150年の記念の年に当たるからかとも考えましたが、調べてみますと、この傾向は少し前からあったようです。

「進化」をキーワードとして掲げた流通本の総計は2540件で、そのうちダーウィンの進化論関係のものは209件です。いずれにせよそういう〈進化本〉は、1980年に18件、1990年は38件、2000年には98件と徐々に増加し、以来少しずつ増え続け、最近の5年では、毎年150件ほどの本が「進化」を翳して、この世に生まれ出ています。

●「進化」の意味
このことば遣いに私は違和感を持ち、反発してしまいました。つまりダーウィンの「進化」と、例えば最近出された『世界を席巻するインドのDNA—インドが進化する5つの理由』(門倉貴史、09年角川SSC新書)にある「進化」の違いです。

この本でそれは、「成長」とか「発展」とかであり、おそらくは「DNA」という用語からの連想でしょうが、あえて「進化」としたのは、「高度に」とか「著しく」とか「劇的な」とかを強調したいがためのようです。

ともかくこのことばを辞典で調べてみると、『日本国語大辞典』では、「進化」は英語のevolutionの訳語で、第一義的には、「生物の種が別の種に変わること。一般に、体制の複雑化、適応の高度化ならびに種類の増加を伴う」、そして第二義的には、「事物が、段階を追ってより高度な形態へと変化していくこと」とされています。

この用語は、明治時代の政治家加藤弘之がダーウィンの進化論を紹介した『人権新説』(1882年)で初めて使われており、この人物の造語とも考えられています。すなわち「進化主義とは蓋し[ケダし]動植物が生存競争と自然淘汰の作用により漸く[ヨウヤく]進化するに随て[シタガイて]高等種類を生ずるの理[コトワリ]を研究するものにして……」とあります。どうやらその造語の本意は漢字の「化」にあったようで、『大漢和辞典』によれば、「自然界に行われている生滅転変の原理」や「自然が万物を育成する力」という意味です。

この新語は、明治以降の識者に好んで使われたようです。少し身近な用例を挙げると、「吾輩も亦人間界の一人だと思ふ折さえある位に進化したのは頼母しい」(夏目漱石『吾輩は猫である』)や「或る学者は、『歴史とは進化の義なり。』と説いて居るが……世界の歴史には、随分間違った希望のために時間と労力を尽して、そして『進化』とは正反対な或る結果を来した例が少なくない」(石川啄木『葬列』)などがあります。二人とも、万物は変革を経て進歩するという前進主義の考えでこのことばを使っており、ダーウィンの発想とは異なっています。

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