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日本の蚊帳(かや)が、アフリカの貧困を救う

~1人の日本人が20年間続けたライフワークが、世界を動かす~

更新日 : 2009年10月28日 (水)

第1章 疾病パンデミックの脅威

マラリアによる死者数、毎年100万人以上…その9割がアフリカの住民です。この脅威からアフリカの人々を救い、雇用にも貢献したとして世界から注目されているのが、蚊帳「オリセットネット」を開発した伊藤高明氏です。企業の社員として地道に研究を続けることで社会貢献を果たした氏に、仕事の意義と楽しさを学びます。

ゲストスピーカー:伊藤高明 住友化学株式会社 ベクターコントロール事業部 技術開発部
モデレーター:米倉誠一郎 日本元気塾塾長/一橋大学イノベーション研究センター長・教授

ムハマド・ユヌス氏

米倉誠一郎: きょうのゲスト、伊藤さんは2008年の日本イノベーター大賞(編注:日経BP社が、独創的なアイデアや技術で新市場の開拓に挑む日本人を表彰するもの)の優秀賞受賞者です。

2005年のダボス会議ではシャロン・ストーンが、伊藤さんが開発したマラリア感染を防ぐ蚊帳『オリセットネット』を評価して呼びかけたことで、会議に出席している人たちから即座に100万ドル、1億円の寄付が集まったというほど、多くの人たちに感動を与えました。やはり、こうして日本を引っ張ってきた人たちがいるんです。
 
伊藤高明: 私の所属は住友化学のベクターコントロール事業部といいますが、「ベクター」というのは、疾病を媒介する動物のことです。開発した『オリセットネット』というのは、殺虫剤をあらかじめ練り込んだマラリア対策用の蚊帳のことです。

話はいきなりナポレオンに飛びますが、1812年に60万人の軍隊でモスクワに進撃した際、パリに帰還できたのは数千人だけだったそうです。2001年、リトアニアのある建設現場から多数のナポレオンの兵士の埋葬死体が発見されました。埋葬兵士の歯から、シラミが媒介し、発疹チフスの原因であるリケッチアのDNAが発見されたそうです。このシラミが媒介する発疹チフスがナポレオン軍を壊滅させたのではないか、という説があります。

また、14世紀のヨーロッパでは、腺ペストが大流行しました。ネズミに寄生しているケオプスネズミノミは、ネズミがペストに感染して死ぬと次のホストを探すのですが、このペスト菌を持ったノミに吸血されると、人間は腺ペストになるのです。これは治療しないと4日から7日ほどで死亡するという恐ろしい病気で、これによって当時のヨーロッパ人口の3分の1が死亡したといわれています。

このようにベクターが媒介する疾病は、非常に長い間、人類にとって脅威でしたが、生活環境の改善、衛生知識の向上などにより、先進国ではかつてのような疾病パンデミックはなくなりました。しかし、開発途上国ではどうでしょうか。ハマダラカが媒介するマラリアは年間死亡者数が100万人以上、また年間感染者数も3億人以上という、非常に深刻な疾病です。

マラリアは一言でいうと「赤血球が破壊される病気」です。年齢別では0~4歳の子どもの死亡率がダントツに高く、地域別感染者数は、アフリカが突出しています。マラリアは他にも様々な問題を引き起こしています。

例えば、成人は何回も感染して免疫ができるのですぐに死亡することはありませんが、感染すると働けなくなるので、その間は収入がなくなります。アフリカでは1日1ドル以下で生活している人がたくさんいるのですが、この治療には1回5ドルかかります。ですから感染することによって家計が圧迫されるのです。

また、子どもが何回も感染すると、就学率の低下につながります。それから、マラリアに汚染されているということで、外国投資や観光産業の低迷も起こります。世界銀行の試算では、アフリカではマラリアによって毎年約120億ドルの経済損失が発生しているということです。

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日本の蚊帳(かや)が、アフリカの貧困を救う
伊藤高明 (住友化学(株)ベクターコントロール(事)技術開発部)
米倉誠一郎 (日本元気塾塾長/法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授/ 一橋大学イノベーション研究センター名誉教授)

伊藤高明(住友化学(株)ベクターコントロール(事)技術開発部)×米倉誠一郎(日本元気塾塾長)
アフリカの貧困を救う防虫蚊帳「オリセットネット」を開発した伊藤氏の20年間にわたる研究の過程から、スピード重視で結果を急ぐ現代の日本人が忘れがちな「地道に、こつこつと、一つのことを続ける」ことの価値を改めて考えます。


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